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遼州戦記 司法局実働部隊の戦い 別名『特殊な部隊』と『戦時の青春』と『初デート』と  作者: 橋本 直
第四章 『特殊な部隊』の隊長の青春

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第15話 教科書に載る悪友たち

「まあね、俺から言わせると二人は確実だったんだ。アイツらの秘密はバレたら即除籍になる程度のものだったからな。まずは最初の獲物は忠さん……かなめ坊もかえでも知ってるだろ?西園寺家に来ての俺の最初の……いや、俺の人生最初の友達だな。アイツは西園寺家の筆頭の被官の三男坊で身分からいっても俺には逆らえないんだが、俺はそんな身分なんて嫌いだった。でもアイツは本当にお人好しでね。俺みたいに性格の悪い友達でもちゃんと付き合ってくれる。良い奴だよ」


 嵯峨は遠くを見るような目をしながらそう言った。


「忠さんって、今の甲武海軍第三艦隊司令・赤松忠満中将だろ? 西園寺家筆頭被官の三男で、第二次遼州大戦では母親の赤松虎満中将が率いた『播州党』を継いだ男だ。叔父貴とは、爺さんと虎満提督が引き合わせたんだったな?主君の言うことには被官は逆らえねえ。しかもそのお袋が『甲武の怖いおっかさんの代表』の赤松虎満……逆らえる訳ねえじゃねえか。本当にそういうところで上下関係を使うのは叔父貴のずるいところだぞ。そのお人好しに付け込むなんざ、叔父貴は昔っから変わってねえんだな」


 西園寺家の内情は、現当主であるかなめも知り尽くしているので納得したようにうなずいた。


「それにしても、第二次遼州大戦で甲武最強艦隊を率いた赤松虎満中将に、その後継者で『甲武海軍一の切れ者』と呼ばれる赤松忠満中将……いきなり大物の名前が当たり前みたいに出てくるのね?まあ、知り合いというか、かなめちゃんの周りにはあの司法局でなんで中佐になれたのかが七不思議の田安麗子みたいな人しか出てこないのに」


 アメリアはあきれ果てたように嵯峨に眼をやった。当然比べられたかなめは腹を立てたと言うように目を向けるが、実際、赤松母子の実績はランから誠も散々聞かされていたし、麗子の馬鹿であることは目の前で見ていたのでかなめに何も援護をしてあげることはできなかった。


「まあ、お人好しでも童貞のアイツに女郎屋にいきなり来いなんて言っても戸惑うだろうけど、アイツには俺に逆らえない理由がもう一つあった。別に家来だから逆らえないとか言うわけじゃないよ。アイツは英語が苦手でね。俺がテストの度にカンニングペーパーを作ってやっていたんだ。だから高等予科を留年せずに卒業できた。アイツの語学力はまさにラン並み……ああ、ラン本人がそこに座ってたな。ちっちゃくって分からなかった」

挿絵(By みてみん)

 嵯峨のわざとらしい一言に112㎝の身長とどう見ても8歳児の体形を気にしているランが殺気を込めた視線を嵯峨に向けた。


 こうして黙り込んで自分をにらみつける時のランが一番怒っている時だと知っている嵯峨はそのまま話を続けた。


「結果的に提督になれたからよかっただけで、試験の時点では学校をだましてますよね?」


 明らかにランの眼力に負けている嵯峨に追い打ちをかけるように茜はそう父に言ったが、嵯峨には娘のその正論よりもランのとても養女のものとは思えない眼光の方が気になるようで茜の話は聞いていないようだった。


「もしかして怒ってる……よね?でも、これは悪く言ってるんじゃないよ。お前さんがコンプレックスに思っている英語力でも甲武では艦隊の提督が務まるってことだから……ね?そんなわけで当然それをバラされたら除籍は間違いないから俺には逆らえないってわけ。俺は語学が得意でね。百近い言語を扱える。日常会話ならほとんど困らないし、そのうち二十ほどは現地人並みだ。憲兵時代はそれで捕虜の尋問とかさせられてたから得だと思ったことは一度もないけど。でも生きていくには色々便利だよ、語学は。神前は語学は苦手だったよな?今からでも遅くはないよ」


 明らかに嵯峨に馬鹿にされて不機嫌そうなランを見ながら誠は得意満面の嵯峨に視線を向けた。


「そんなことほっといてください!」


 自分の非道を棚に上げて誠をからかって来る嵯峨に頭にきて誠はそう叫んだ。


「隊長。それは家来だから逆らえないというよりも非道なような気がするんですが……どこか人間としての道を踏み外しているようにしか私には見えません」


 嵯峨の奇行に呆れ果てていたカウラが思わずツッコミを入れた。


「そりゃあ俺は目的の為には手段を選ばない男だもの。昔っから人の道なんて踏み外すことに何の躊躇も感じないんだ。実際これで誰か損してると思う?実際誰も損をしないことは最初から分かってることなんだから俺を止める理由は何処にもないと俺には思えるよ。まあ、最初に俺に骨を折られて病院送りにされた元相模屋のつけ馬だけが今回の被害者のすべて。だって連中それがお仕事なんだから仕事である喧嘩に負けてそうなるのはそもそもその仕事はその人たちに向いていなかったと言うことだ……あの頃の俺は、誰も死ななきゃ何をやってもいいと思ってた。まったく今の島田を笑う資格は俺にはないかもしれないね」


 相変わらず自分勝手な屁理屈を述べる嵯峨に一同はうんざりした気分になっていた。


「それともう一人が貞やん。まあ、第二次遼州大戦では甲武を代表するエースで『甲武の大百足』と言った方がパイロットであるお前さん達には分かりやすいかな……かえでは知ってるだろ?」


 嵯峨は義娘のかえでに向けてそう言った。


「はい、『甲武の大百足』と言えば甲武軍では知らないものはいません。第二次遼州大戦での甲武陸軍のエースパイロット安東出羽守貞盛……で、義父上は貞盛公のどんな弱みを握っていたのですか?」


 明らかに弱みを掴んでゆするのが嵯峨の特徴であることを見抜いていたかえではそう言って朗らかな笑みを浮かべた。


「アイツが苦手なのは数字全般。物理もだめ、化学もだめ。当然俺の頭が必要になってくるわけだ。アイツとは高等予科時代に喧嘩を吹っかけてきたから返り討ちにしてやってね。それ以来アイツは俺には逆らえないんだ。プライドが高くて義理堅いのがアイツの性格の長所であり短所だからね、だから一度完膚なきまでに叩きのめされた上に借りのある俺がお願いだと言えば喜んでついてくるんだ。しかも、アイツは高等予科では他のひ弱な温室育ちのお大名武家連中を拳で脅して自分では『俺はもう童貞じゃないんだ!』とすでに女郎屋通いをしていることを自慢してたくらいだから俺が女郎屋に好きなだけいていいと言ったら食いつかないわけがない」


 平然とそう言う嵯峨の顔は笑っていた。誠はひたすら嵯峨に関わるとろくなことがないから友達が少なかったんじゃないかと邪推していた。


「それで最後の一人は一学……これはリンあたりが知ってるんじゃないかな?甲武海軍最強のエースにして夭折した濃州コローニーを領する武家貴族の名門斎藤家の若き当主にして天才日本画家……斎藤一学中佐……紅顔の美少年とはこのことというような俺から見てもかっこいい男でね。それが気に入らないと士族連中が通う陸軍予科学校の連中に喧嘩を吹っかけられているところを俺と忠さんで助けたのを機に友達になった」


 嵯峨の口調がそれまでのいかにも馬鹿な連中を相手にするような調子から、少し感情のこもったものに感じたのが気のせいなのか。誠がそう考えている間にも、嵯峨の話は先へ進んでいた。

挿絵(By みてみん)

「一学とは、本当に友達だった。あいつとだけは、軍や家の話を忘れて芸術の話ができた……なんて俺が言うとらしくないよね?」


 少し自虐的に首をすくめながら嵯峨はそう言った。


「俺とアイツとは本当に気が合ったんだ。俺もアイツも芸事が好きな人間だったんだ。アイツは絵が好き。俺は琵琶の稽古に夢中だった。それこそ暇があると『芸術とは何か』とか高尚な話をしていたんだよ……ってまたみんなで信じてない目で俺を見る……そんなに俺が高尚な話をするのがおかしい?似合わない?そうだよ、俺は月3万円の男。最近は映画を見に行く金もない。東和の芸術家に知り合いは多いがそいつらの個展やコンサートに行こうにも交通費がない。だから、お前さん達にも俺のそう言う一面を見る機会が無かっただけなの。まあ、知り合いの文化人にはろくな奴がいないから、会わなくてもいいんだけど。俺は文化人なの!」


 嵯峨はまんべんなく話題を振ろうと今度はリンに顔を向けた。


「はい、私も女郎屋に居た頃に暇の慰みによく歌っていました……冥王星の戦いで散った悲劇の美青年斎藤一学……『青葉の筆』の歌は女郎たちの間に流行りましたから。『冥王星の戦に敗れ討たれし甲武の公達哀れ……』。平敦盛に例えられた現代の悲劇の将。下々の者もその悲劇は語り継がれていましたから」


 リンは少し悲しげな顔をしてそう答えた。


「まあ、アイツのパイロットとしての腕が一流なのは間違いないし、その死が悲劇的だったのは事実だけど俺から見るとそれほどなのかなあって感じ。あれは完全に英雄伝説を作るための軍部の脚色だね。アイツがそんなエースで無敵だったらそもそも甲武は冥王星基地の防衛に成功してるよ。そんなアイツはパイロットである以前に画家だったというのが俺の意見だし、当時の軍部の宣伝の呪縛から覚めた今の甲武の画壇でもそういうことになってるよ。そんな一学は女たちを口説くどころか、店の隅で黙々と彼女たちの手や横顔を写生していた。アイツらしいと言えばそれまでなんだけどね」

挿絵(By みてみん)

 懐かしむような口調で一学について語る嵯峨はどこか寂しそうに見えるのが誠には気になった。


「まあそんなわけで俺達四人とこれまで何度も『武家貴族のもやし野郎は気に入らねえ』って、これまで何度も俺達に喧嘩を吹っかけてきては返り討ちに遭っていた陸軍予科や海軍予科の不良共を顎で使って俺達は相模屋のつけ馬に収まってそのまま俺は相模屋に居候することになったんだ」


 嵯峨は得意げにそう言うと再びタバコに手を伸ばした。


「待ってください、隊長。今出てきた人、クバルカ中佐が『甲武の軍人で覚えておくべき人物』だと言ってるほぼすべてじゃないですか?」


 あまりに嵯峨の話に登場する人物がランでも一目置くような大物過ぎて誠の頭は混乱していた。


「神前にとってはそうかもね。でも俺にとってはそれが日常だったんだから仕方ないじゃない。じゃあ、戦国時代の織田家や徳川家に江戸時代の大名家がほとんどいるのは当時の織田家や徳川家でも普通だったと言えばお前さんでも分かるでしょ?俺もそう言う立場だったわけなんだ。まあ、世の中そんなこともあるんじゃないの?実際俺にとっては連中をからかって遊ぶのが当たり前の日常だったし。もしかしたらお前さんの周りにも後々そんな有名人が出てくるかもよ?」


 そう言ってタバコをくゆらせて笑う嵯峨だが、誠の周りには親友と呼べるのは高校の野球部でキャッチャーをやっていた鶴橋が大病院の跡取りである以外は特にそんな歴史の教科書に載りそうな人物など思いつかない。


 誠にはどう考えても嵯峨の青春時代は理解できない世界なのだと諦めたモードに入った。


「そうさねえ、でも新さんは知ってるのかい?あの時番頭が三日に一度はアタシを抱いていいって条件を付けた理由……まあ、新さんもアタシも暇があるとすることばかり夢中でそんな約束守っちゃいなかったけどね」


 お蔦は得意げにそう言うと嵯峨を見つめた。


「当時から察しはついてた。どうせ義父(おやじ)の差し金だろ?アイツは俺に借りがあるとか言って自由にさせて金までくれたからな……どうせ義父が金を出して楼主を黙らせたんだろうな。義父も俺を西園寺家に引き取った件なんて忘れてくれてもいい……いや、俺にとってはあの義父のあの決断がすべての始まりだったんだから……。まあ、そんな義父の金の話なんて野暮なことはどうでもいいとして、それに三日に一度ってわけじゃなかった。ほとんど毎日何度もお蔦さんを抱いてたじゃないかな?」


 お蔦を見つめながら満足げに嵯峨はそう言った。


「お父様。不潔です。それにそんなに性行為にふけって良く体力が持ちましたね!そんなことに不死人としての法術師の力を使うなどということは私には理解しかねます!」


 茜はあきれ果てたようにそう言った。


「茜……もう少しひねった言葉で俺を追い詰めなさいよ。お前さんの言ってることは俺にとってはちっとも痛くもかゆくもないよ?それじゃあ俺という策士の娘失格だよ?でもまあ、同じようなこと一学の奴からも言われたよ。アイツは本当にうぶでね。この話もアイツにだけは女郎屋で好きに女が抱けるなんてことは伏せて美人画が描けるぞってほとんど騙して連れてきたんだから。そこが女郎屋で身体を売ってる女がいる場所だということも一学は知らなかった」


 あまりの嵯峨のやり口に誠は騙された斎藤一学という絵が描けるエースパイロットに同情の気持ちしか持てなかった。


「それに対して最初から女郎屋だと知ってて俺について来た忠さんと貞やんはもう大変で……特に貞やんなんかは暇な女郎に手を出して回って、あの人は迷惑だって俺が怒られてばかり。本当にアイツだけは呼ぶんじゃなかったよ。その点……忠さんは女郎屋に住み込めると俺から話を聞いた時は喜んだわりに店にいる間はどの女にも手を出さずにずっとこたつでミカンを食っているだけで大人しかったな。アイツは貞やんの姉貴の貞子さんに当時からぞっこんだったからな。そこで数々の誘惑に負けずに貞操を守り抜いたおかげで結局見事に落として餓鬼まで作りやがった……俺とは大違い……ああ、俺には娘がいたわ。茜、お前さんだよ」

挿絵(By みてみん)

 嵯峨は苦笑いを浮かべながらそう言った。


「お父様。いい加減私を誠君の代わりのおもちゃとしてからかうのはやめていただけませんか?そんなに娘から自分の金を管理されていたのを恨んでいるんですか?ならばちゃんとそのことを最初から言ってください!」


 茜の嫌味の一言の中に茜の中でも嵯峨が誠をからかって楽しんでいることが認識されていることに誠はショックを受けていた。


「茜警部……僕ってこの隊の男女問わず全員からおもちゃにされる運命だと認識されているんですか?まあ、もう慣れたから良いですけど、それより気になったのはつけ馬って……どういうことをやるんですか?僕は甲武の社会常識に疎いんで」


 誠は頭を掻きながら嵯峨に尋ねた。


「だから借金取りだってさっき言ったじゃないの。大体、そういう岡場所や花街の店はツケで酒を飲ませて女を買わせるものなんだ。身近な話で言うとお前さん達も月島屋をツケで飲んでるじゃないの。あれと同じ。まあ、その払いはそこにいるちっちゃい副隊長がしている訳なんだけどね。ランは金払いが良いのはお前さん達も知ってる通りだけどそんな客の中にその支払いが滞ると俺達が出向いていって力任せに取り立てるわけだ。まあ、よその面倒な客の取り立ては舎弟の予科練の馬鹿たちに任せて俺達は店の中で暴れる客とかをどうにかするのがほとんどだったな。当時のご時世はかなり戦時色一色で荒れた兵隊共が女を買いに女郎屋に来て騒動を起こすことが結構あったんだ。だからそれを止めるのが俺達の仕事……といってもそんなこと滅多にないからただ店の奥のこたつでミカン食ってた。そこにお蔦さんが居て、他にも何人か暇な女郎が来て話し相手をしてたんだ」


 嵯峨は懐かしむようにそう言うとタバコをふかした。


「叔父貴、随分と良い御身分じゃねえか。どうせアレだろ?一番の狙いはお袋から逃げたかっただけなんだろ?あの『甲武の鬼姫』のしごきであそこまで叔父貴は強くなれたんだ……。本心はあの鬼婆のしごきはもうたくさんと言うのが本音だったんだろ?貴族趣味で気位の高いお袋は絶対に女郎屋なんかには近づかない。それを知ってて逃げ場としてその相模屋という女郎屋に隠れてた。情けねえ話だな」

挿絵(By みてみん)

 かなめはそう言うと冷やかすような視線を嵯峨に送った。


「確かにな。義姉さんの稽古という名の家庭内暴力。あれは地獄の日々だぞ。学校に行かないなら剣の稽古をしろって言って一日中ぼてくりまわされるんだ……西園寺御所の敷地内はおろか、鏡都の繁華街を歩いているといつの間にかアレがお付きの女中を連れて立ってて。『こんなところで暇をつぶしていていいの?学校に行きたくないのなら私が鍛えてあげる』とか言って来るんだぞ。不死身の俺でも我慢の限度ってもんがある」


 嵯峨は大きくため息をついて灰皿にタバコを押し当てた。


 嵯峨とかなめの二人を、ここまで本気で恐れさせる女。しかも康子は、誠の母と親しく、かえでを誠の『許嫁』と決めた張本人でもあるらしい。誠はまだ会ったことのない『甲武の鬼姫』へ、嫌でも興味を抱かずにはいられなかった。

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