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遼州戦記 司法局実働部隊の戦い 別名『特殊な部隊』と『戦時の青春』と『初デート』と  作者: 橋本 直
第三章 『特殊な部隊』の『駄目人間』

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第12話 尊敬できるが最悪の男

「それより新さん。その安城さんとやらは、どんなお人なんだい?」


 お蔦は楽しそうに身を乗り出した。


「アタシは妾として、本妻になる女にはきちんと仕えたい。でも、新さんにふさわしくない女なら認めないよ。新さんを夢中にさせるくらいだ。さぞや美人で切れ者なんだろうね?」


 お蔦は笑顔で嵯峨を見つめた。その様子を見てその場にいる一同は大きなため息をついた。


「ああ、秀美さんのことね。うちと同じ司法局内の別系統の武装部隊である公安機動隊の隊長をしてる人なんだ。フルネームは安城秀美で階級は少佐。司法局公安機動隊の隊長なんだよね。サイボーグで俺は人の過去は深く詮索しないけど、見た目は三十五歳前後で、姿勢のきれいな美人だよ。サイボーグだから実年齢は俺も知らない」


 嵯峨はそこで少し困ったように笑った。


「でも、俺が惹かれてるのは見た目じゃない。確かにそう言い切る自信は半分ぐらいだけど……見た目も好みではあるのは事実だし。俺は年上っぽい女が好きだから。でも、それは最初の取っ掛かりだけだ。話してつまらなければ興味はなくなるし、逆に面白い人なら年も見た目もどうでもいい。秀美さんは話していて面白い。それが一番大きいね。あとは相手が俺をどう思ってくれるかなんだけど……秀美さんはねえ……難しいんだよ、色々と」


 嵯峨は困ったような顔をしてそう言った。誠はこんなところで自分の熟女フェチを告白する『駄目人間』の間抜けな思考に頭を抱えた。


「そうさねえ、アタシはどう見ても18くらいにしか見えないものねえ……この姿じゃ新さんの理想にはなれないんだね。でも、新さんはあのころから変わってないみたいだね。あの頃も相模屋の女の子にもそう言ってアタシから見ても結構えり好みをしてたけど……結局アタシしかいなかったってことはアタシは新さんの興味のある女ってことなんだ。じゃあアタシは許してやるよ。でもその安城さんとやらはどうせモテない遼州人なんだろ?当然男の経験なんてないだろうから……所詮は素人娘だ。そんなうぶな女じゃ新さんの相手が務まるかどうか……そんなことで苦しいようならいつでもアタシを呼んでくれよ。アタシなら……ふふふ……」


 お蔦はそう言って胸を張った。


 確かに給料日近くになると整備班員の誰かを捕まえて金の無心をしている嵯峨の行き先が格安風俗店であることを知っているこの場の全員にはそう言った見ていてこちらが情けなくなってくる嵯峨の行為がもう見る可能性が減ることは安堵の材料のひとつだった。

挿絵(By みてみん)

「そうよねえ……嵯峨さんはベッドの中のテクニックがお得意な女性がお好みですものね……所詮、私みたいに男に縁のないサイボーグなんかには興味がないんでしょうね。お蔦さんの手練手管でせいぜい気持ち良くなっていいわよ。私にとって嵯峨さんはかつては察しのいい民間の弁護士で、今では同じ司法局の上層部がその首を取りたくても手柄でその気持ちをねじ伏せている見上げた部隊長であると言うのが私の感想だものね。ただそれだけの関係。嵯峨さんもそれで良いわよね?」


 突然、嵯峨の背後で女性のハスキーな声が響いた。振り向いた嵯峨の目の前に立っていたのは制服姿の話題の人、安城秀美少佐だった。その声を聴くと嵯峨は顔色を青ざめて恐る恐る安城の方を振り向いた。


「あの……秀美さん。秀美さん!違う!今のは誤解だ!いや誤解じゃないけど誤解だ!それに僕が好きなのは秀美さんの人柄なんだから!俺が興味を持って一緒に時を過ごしたい女性は俺と話していて楽しい前を向いて生きて行けるような話題を共有できる女性なんだって!俺が秀美さんを見ていて感じ入っているのはその生きていく姿なんだから!ベッドの中の話はお蔦に任せ……いや違う!俺が秀美さんに惹かれているのはその力強さを感じさせる生き方そのものなんだ。決して下心は……あるけど、まあそこのところは俺がそういう関係になってからいくらでも教えるから。ね?だから……お願いだから見捨てないで?ね?」


 嵯峨の誰もの想像を斜め上を行く発想の発言に安城はあきれ果てたようにため息をついた。


 どこまでも女性の前では自分を卑下して情けなくなれる男である嵯峨を見て誠は自分の隊の責任者がやはりプライドゼロの男と自称するのは当たり前だと冷めた視線を送っていた。


「へえ、嵯峨さんはそんなことを教えたいからこれまで私を食事に誘ったりしていた訳ね?それは嵯峨さんの生き方では普通のことなのかもしれないけれど私は所詮モテない遼州人だから、遼州人では珍しい本当に女性には苦労しない嵯峨さんとは違ってそういうことは今のところ正直あまり興味ないのよ。それ以前に嵯峨さんとはただの仕事仲間と言う意識しか持てないわ。その点では尊敬できるけどそれ以外は最悪の男だと思ってるわよ。まずその仕事の話以外は下ネタしかないという発想。私には理解できないわね。そう言う意味では私にとっては嵯峨さんは最悪な男。そんなところかしら?尊敬はしている。だからこそ、私生活まで知るたびに失望するのよ」

挿絵(By みてみん)

 安城の冷たい一言に嵯峨はがっくりとうなだれた。


『あーあ。振られてやんの。自業自得だ』


 部屋中の一同の合唱がこだました。そんな中お蔦はさっと席を立って安城に詰め寄った。


 いきなり和服日本髪の娘に迫られると、それまであくまで嵯峨には優位を誇っているように見えた安城も驚いたように一歩退いた。


「おい、安城さんとやら。アンタ、本当に新さんを見て何とも思わないのかい?そんな目で男を値踏みしてるから、いい男を見逃すんだよ!」

挿絵(By みてみん)

 お蔦の剣幕に嵯峨に対しては強気だった安城は誰が見ても分かるほど動揺していた。


「お蔦さん……恋は盲目という言葉もありますが、今のあなたを見ているとその言葉の意味がよく分かりますね。そもそも安城少佐が父を選ばない自由もあります。むしろそれが世間一般の常識のように私には思えますもの」


 茜はぼそりとお蔦に向けてそう言うが安城に対して怒りをかみしめているお蔦の耳にはその言葉は届かなかった。


 ただ、茜を始めとしてお蔦を除くその場の全員は、嵯峨本人も含めて、彼を『駄目人間』と呼ぶのが妥当だと理解していた。


 その様子を見ると安城は少し余裕を取り戻して姿勢を正してお蔦を睨み返した。


「あなたはずいぶんと嵯峨さんを高く買っているみたいね?なら本当にさっき日野少佐や西園寺大尉が提案したような形で正式に嵯峨さんの妻になられるのが私からできる助言のすべてなのよね。それに嵯峨さんが立派でどんな女性も惹きつけてやまないと言うあなたの主張はどこまでもあなたの個人的な感想なんじゃないかしら?少なくとも私は嵯峨さんには男性としての魅力を一度として感じたことがないわよ。まず清潔感がない、人の話は聞かない、共通の趣味もない。そんな男と付き合う価値なんてあるのかしら?」


 今度はこちらからとばかりに安城はお蔦に向けてそう言い放ち二人は鋭い目つきでにらみ合った。


 しばらくの沈黙したにらみ合いの後、お蔦の剣幕に安城はあきれ果てたというように大きくため息をつくとそのまま背を向けた。


「でも嵯峨さんにとってはこれで良かったじゃないかしら。これでいつもの小遣いを工面しての風俗通いから卒業できるんだから。お幸せにね。嵯峨さん、肝心の仕事の話になるけど例の嵯峨さんが注意しろと言っていたフランスの艦隊の旗艦『マルセイユ』が縦須賀に入ったわ。それを伝えに来ただけだから。嵯峨さん気にしてたでしょ?『廃帝ハド』とどこの地球圏の国が手を組むかって……その相手がフランスだったわけね。どうせ仲介したのはネオナチの首魁、ルドルフ・カーンでしょうけど……。これまではやり手の切れ者で色々私の知らない情報も聞けるからということで足を運んでくることにしていたけれど、嵯峨さんみたいに不潔な人とはこれからは顔も見たくないからできるだけメールで連絡するようにするわね。それじゃあ」

挿絵(By みてみん)

 安城はそれだけ言うと会議室を出て行った。


 笑いかけていた隊員たちの空気が、その艦名を聞いた瞬間だけ変わった。


 フランス艦隊の旗艦が東和へ入った。それが『廃帝ハド』との接触を意味するなら、もはや単なる外交問題ではない。その意味するところの深刻さは一同にも理解できたが、それ以上に無様な嵯峨の姿にあちこちで笑いをかみ殺すような息が漏れる音が響く中、嵯峨は周りを情けなさそうな顔で見回した。


「『マルセイユ』か……そっちは後で対策を詰める……として。秀美さん、それとは別に今の言い方はないよ……ってこれも俺の若気の至りのツケなのかな……だから言ってるじゃないの。たぶんお蔦一人じゃ俺は寂しくって死んじゃうよ……性的な意味で」


 嵯峨は公衆の面前で思いを寄せる安城から人格を完全否定されたことを確認すると諦めたように机に突っ伏した。


「自業自得とはこのことですわ……いい気味ですわね、お父様。ご自分のこれまでいかにだらしない生活を送ってきたかということを、これを機会に反省して生き直すのがよろしくてよ。『人は何度でも生き直せる』それがお父様の座右の銘ですわよね。お蔦さんと一緒に爛れた一生を生き直すにはちょうどいい機会なんじゃなくて?どうせお蔦さんと爛れた生活を始めるのでしょうけれど、せめて他人へ迷惑はかけないでくださいと言うのが娘の私から今できる唯一のお願いですわね」


 茜はそう言って冷ややかな笑いを嵯峨に向けた。


 そんな中一人怒っているのがお蔦だった。


「なんだい!あの女!アタシが正直に新さんの良さを語って、まして正妻の地位まで譲ってやろうってのにあの態度!あれだね、東和は愛のない国なんて呼ばれてるそうだけどまさにその典型例みたいな女だよ!人を見た目だけで判断する最低の女だ!清潔感?そんなもんは風呂に入って、ひげを剃って、着物を着替えれば済む話じゃないのさ!そんなことも分からないからあの女も一生独身なんだよ!良かったね!新さん。あんな女と付き合ったら人生終わりだよ。新さんは何でもできる自由人なんだ。誰も新さんを縛ることが出来ない。そしてどこでも新さんは輝ける。そんなことも分からない女なんか忘れちまいな!アタシが忘れさせてみせるよ!」


 お蔦の怒りはとどまるところを知らなかった。


「隊長の気が多いのは昔からなのか……それなら月島屋の女将はどうだろう?」


 ぼんやりとした調子でそう言ったのがカウラだったので誠は驚いて彼女の無表情な顔を見つめた。


「春子さん?ああ、俺も何度もアタックしてるけど全部断られてるから。遼南内戦に行く前……十二年前に寝たのが最後。あとは音沙汰無し。俺は金がないからあの店の敷居は跨げないし」


 嵯峨はそう言ってため息をつくがその言葉をかなめは聞き逃さなかった。


「おい、叔父貴。やっぱり女将とは寝てたんだな?だと思ったよ。で?なんで今は振られ続けてるんだ?理由はなんだ?花街の花魁を虜にできるテクニシャンなんだろ?東和の風俗嬢なんていちころですぐにでもヒモになれるんじゃねえのか?あれか?春子さんも不潔な男は嫌いだってところか?確かに月島屋はいつでもきれいにしてるし、春子さんの着物の趣味もパリッとして清潔感にあふれてるもんな。今の叔父貴と大違いだ」


 冷やかすようにかなめはそう言って嵯峨に生暖かい視線を送った。


 ここにいるお蔦と嵯峨以外はここで春子までもが嵯峨全否定の発言を始めればさぞ面白い嵯峨の反応が見られるだろうと期待して会議室の辺りに視線をやったが人の気配がないのでそこまでのことは起きないようだった。


「そんなの俺が知るかよ……あれじゃない?小夏ちゃんに気を使って俺みたいに教育上良くない男を遠ざけてるとかいうところなんじゃないの?別に俺は気にしないけど……まあ年頃の娘を持ったことがある俺としてもそこら辺のことは気を使ってるのよ。わかる?」


 嵯峨は自棄になったようにそう言ってため息をついた。


「なんだよ、新さん。他にも女が居るんじゃないか……あんなケツの穴の小さい女よりその春子って人の方がよっぽど新さんの良さを分かってるみたいじゃないか。で、西園寺さんとやら。その春子さんて人はどんな人なんだい?あんな安城とか言う堅物女とは違って心の広いお人なんだろうねえ……」


 お蔦は今度はかなめに向けて歩み寄った。その圧に負けて珍しくかなめは狼狽えたような表情を浮かべた。

挿絵(By みてみん)

「まあ、春子さんは元々昔非合法の風俗店で身体を売ってたんだそうだ。そん時に叔父貴がそれを告発して春子さんを合法風俗店に移らせたのが出会いらしいな。それから風俗嬢を辞めた後は焼鳥屋を始めて、風俗街で店をやってたが今はここ豊川で『月島屋』って言う店を出してる。春子さんには中三の娘が一人いるな……生意気な奴。確かに春子さんも年の頃は30代後半で叔父貴の守備範囲だし。和服が似合ういい女って点も叔父貴好みと言えなくもないが……春子さんが叔父貴をどう思ってるかまではアタシも知らねえ。あの調子だと安城少佐みたいに嫌ってるって訳じゃねえみたいだけど、好きなのか?と聞かれるとたぶん答えられないんじゃないの?春子さんも。あの人も遼州人だ。恋愛に対しては奥手で不器用なんだ。叔父貴は遼州人の例外。同じように考えてるアンタは間違ってるよ」


 かなめはそう言うとタバコを取り出して目の前の灰皿に手をやった。


 かなめの口元は緩んでいた。安城に明確に振られて以来、嵯峨の顔色は冴えない。いつも自分をからかっている叔父の恋が、これ以上ないほど無様に終わったことが楽しくて仕方がないらしい。

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