第11話 当主の都合と花魁の粋
「時に、ひよこ君。質問をしたいのだが……良いだろうか?これは甲武の行く末に関わる重要な話なんだ。法術の専門家としての正確な情報をその甲武四大公家末席嵯峨家当主である僕は知る必要があると思うんだよ」
かえでは続いてひよこに目を向けた。かえでは、好みの女性にだけ見せる柔らかく妖艶な笑みをひよこへ向けた。ひよこの顔がたちまち赤く染まる。
『人妻キラー』として何人もの女性を恋に落とし、自分の遺伝子から作られたクローン胚を彼女たちに託してきた実績を持つかえで……その甘い視線を向けられ、ひよこは一瞬狼狽えた。そしてなおもそのまなざしを向けているかえでを見つめながらただうなずくことしかできなかった。
「このお蔦さんという僕から見ても魅力的なお嬢さんは義父上との気高い愛のもたらした奇跡によって不死人となった。それは僕には素敵な奇跡だと思うんだ。これは義父上とお蔦さんの生み出した誰にも真似できない愛の奇跡だ。君のポエムにも二人の愛を歌うのも悪くないかもしれないよ」
時に自己陶酔的に嵯峨の誠にはただ単に堕落していただけにしか見えない若気の過ちをやたら美化して見せるかえでに誠は少し引いていた。
「その愛は崇高で、そのもたらしたものは誰にも真似ができないものだということは理解できる。だけど、僕には四大公家末席の当主としての責務があるのもまた否定できない事実なんだ。その点では少し無粋な話をしなければならないというのが少し残念だね。そういう無粋な話なんだが……もちろん、お蔦さんが望むならの話だけども……不死人の女性は子をなせるのかな?その点を僕は確認したいんだ。これは甲武四大公家の行く末を左右する重要な話だ。甲武での家制度は甲武の根幹に関する話だとされているからね。例え義基お父様が身分というものが消え去った理想の世界に甲武を作り替えたとしてもその風潮や甲武を覆う雰囲気はすぐに消え去るとは僕にはとても思えない。だからそのことに関して嵯峨家現当主として知っておく必要があると言うのが僕の定めなんだよ。その点は君にも理解してほしいね。正直に話してくれると僕としてはうれしいんだ」
かえでの突然の発言に一同は唖然とした。その割にかえでの表情は真剣だった。
「子供……愛の結晶としてポエムの題材にしたいですね。でも、それなんですが……不死人の排卵周期は少し変わっていまして……ちょっとその点ではかえでさんのご希望に添えない答えしか私には……でも良いですか?」
自分に向けて来るかえでの魅惑的な瞳に困惑しながらひよこはためらいつつそう尋ねた。
「ああ、僕の母の康子も不死人で、ある程度の知識があるからね。母は法術師としてここにいるクバルカ中佐に匹敵する実力者だけれども、母は法術研究者じゃないから自分の体験談しか僕に語ってくれないしね。それは一般的な不死人すべてに当てはまるものかどうかは僕にも計りかねるんだ。だから、不死人の法術師の多くの統計を踏まえた上での研究者としての意見を確認しておきたいんだよ。僕もその結果は大体想像がついている。その核心を専門家からの意見として聞きたいだけなんだから安心して話してくれていいよ」
そう言って微笑むかえでのとろけるような誘惑の視線を浴びて恥ずかしそうにひよこは説明を始めた。
「そういうことでしたら……分かりました。そうですね、かえでさんにはあまりご期待にそえるような結論は私の口からは言えません。はっきり申し上げて不死人の女性の生理周期はあまりに不安定になる傾向があるのはもうかなり前から結論は出ています。そのレベルがそもそも地球人や不死人ではない遼州人の生存可能な時間を超えたレベルということまでは分かっているのですが、そもそもこうした研究が始まるきっかけとなった地球人の遼州発見からその研究を確実にこれだと分かるほどの時間が経っていない……正直400年程度の時間ではその研究をするには全く短すぎるんです」
ひよこの400年という時間が不死人の女性の生理周期をすべて把握するには短すぎると言う言葉に一同は静まり返った。
「みなさん意外な顔をしていますね?遼州人の存在がこの星に確認されてから1億年以上経つんですよ?それに比べたら400年なんて一瞬ですし、その間一度も人口が増加した形跡が見えないことから考えても不死人の生理周期を正確に把握するのには400年程度の時間では足りないことは分かると思うんですけど。その限られた研究期間で得られた結論は不死人になったからと言ってその女性の生理が止まることはないのですが、その間隔がそもそも地球人の時間感覚では理解できないほどに長くなる傾向にあります」
明確にそう言い切るひよこの言葉にかえではある程度答えを予想していたように静かにほほ笑んでいた。そして誠も地球人がこの数千年で爆発的に人口を増やした一方、遼州人はこの東和共和国以外はほとんど人口が増えた形跡がないと終業後のランによる社会常識講座で教えられたことを思い出した。
「その生理周期ですが百年、二百年と排卵が起こらない例も珍しくありません。ただ、研究が始まってまだ四百年しか時間が経っていないのと法術の存在が公にされていないことが原因でその記録の件数があまりに少ないので正確なデータはまだ取れていません。実際協力していただいている遼帝国のある村……ああ、茜警部の部下のカルビナ・ラーナ巡査の生まれた村なんですが、ラーナさんの故郷には百五十人ほどが暮らしていますが、全員が不死人です。そのうちの女性は約半数。その村で地球式の記録が始まってから排卵が確認された女性は一人だけで、その時に生まれたのがラーナさんなんです。そのような事例を考えるとおそらくかえでさんが生きている間には隊長とお蔦さんの間に子供が出来ると言うことは科学的にはかなり難しいんじゃないかと思います」
ひよこは遠慮がちにそう言った。
「おいひよこ!そりゃあ、おかしいじゃねえか?アタシとかえでのお袋の鬼婆は不死人だがアタシとかえでは三つ違いだぞ?生理が来るのが百年ごとだったらそんなことあり得ない話じゃねえだろうが……あの鬼婆が特別?ああ、あの性格の悪さは叔父貴以上だからそんなこともあってもアタシには不思議に思えねえけど」
ここで突然かなめがそう言ってきた。かなめとかえでの母である西園寺康子は『甲武の鬼姫』と呼ばれて恐れられる今誠が知る限りランと並ぶ宇宙最強の『法術師』だった。そして彼女が不老不死であり、以前かえでに見せてもらった康子の写真はどう見てもかえでと同じくらいに見える康子の姿が写っていた。
「だから、きわめて不安定だと言ってるんです!そもそも周期と呼べるほど規則的なものではなく、数年で起きた記録もあるということを私は言いたいんです!西園寺さんと日野少佐の場合はそのケースだったと考えられます!ラーナさんの村のケースがレアなケースなのかもしれません!第一そう言った本格的な法術研究そのものが始まってまだ五十年程度なんですよ!しかも武帝暗殺の混乱で初期研究の多くが失われています!だから私に断言できるほどのデータなんてありません!ですのでその時までに東和や当時からの同盟国の甲武やゲルパルトの法術研究者なら知っているかもしれませんが……私みたいな駆け出しの研究者がそんなことわかる訳がないじゃないですか!」
半分やけになったようにひよこはそう言った。
「そうか……ひよこ君の回答は僕の予想の範囲内というところかな?それより、リン。旅館の手配は終わったかい?」
かえではひよこの回答は予想の範囲内のものだと言うような顔で話題を変えて隣に座るリンに目をやった。
「はい、かえで様。このリンにそう言った点での手抜かりはありません。かえで様にいつも愛していただいている部屋を抑えましたし、他の部屋を予約している当日客には当家から格式こそ落ちますがそれに準ずる宿泊施設を甲武四大公家末席日野家の名において保証をするということで支配人とも話がつきました。全室隊長の自由に使っていただいて構わないということです」
リンはいつもの無表情で難しい表情を浮かべるかえでを見つめた。
かえではそのまま顔をお蔦達に向けた。
「身もふたもない話をするとお蔦さんには嵯峨家の跡取りを産んでもらいたいと思ったのだが……そうなると難しい話になるね。僕は軍人だ。僕自身にはそのつもりもないしその為の努力と生き延びる力には自信があるが、それでも軍人という仕事をしていればいつ死が訪れてもおかしくないからね。だから、その時のために不死人である義父上にはお子を作ってもらいたいと言うのが僕の願いだったんだがね。だが、生理が来ないとなると……」
かえではそう言って再びリンに目を向けた。
「純粋にその専門医の意見から申し上げますと医学的には排卵を促す処置も理論上はあります。ただし本人の意思と長期観察が絶対条件です。このことに関しては婦人科医としての当然の倫理として甲武でも東和でも変わることは有りません。かえで様でもこればかりはいかんともしがたいと言うのが医師としての私の見解です」
リンははっきりとそう言うとお蔦達に目をやった。
「なるほど、リンの専門家としての倫理観も理解できる。僕の身に何かあった時……その時にはお蔦さんと義父上がいる。それを考えれば僕は喜んで軍人として戦場で戦えるよ。ならば嵯峨家は今後も安心だ。出来ればその際には僕が再興した日野家の跡継ぎも作っていただきたいね。法術が表沙汰になってからの今の時代は何が起こるか分からない変革期と言って良い時代です。義父上、よろしくお願いします」
かえでは微笑みながら義父である嵯峨に向けて笑いかけた。
「おいおい、かえで。勝手に人を赤ちゃん製造機に仕立てるんじゃねえよ。それにだ、こういうことはお蔦さん達の承諾が……」
嵯峨は頭を掻きながらお蔦に目をやった。
「そうだねえ、いつかは新さんの子は欲しいとは思うけどそんな急にはい産んでくださいなんて言われるのは癪だね。それにアタシは新さんと愛し合うためにこんな東和くんだりまで来たんだ。百年?良いじゃないか。待ってやろうじゃないか。普通の人間ならよぼよぼの爺さん婆さんになっちまう時間を若い身体で楽しめるなんてこれ以上の楽しみがあるのかい?二人で何百年後かに生まれる子供について考えて共に時を過ごすなんてそれも悪くないねえ……永遠の命。永遠の若さ。甲武の貴族連中だっていくら金を持ってても手に入らないんだ。それがアタシには手に入った。そして、その永遠を共に生きる男も手に入った。これ以上の幸せはないよ……悪かったね、アンタたちはそのうち死ぬんだろ?ああ、そこのちっちゃくて偉そうな嬢ちゃんは見た感じそのまんまずっと生きてそうだけど……」
お蔦はそう言うとうっとりした顔で嵯峨を見つめたあと、ふと事の成り行きを明らかに不愉快そうな顔で見つめているどう見ても8歳女児のランに向けた。
「うるせーよ。余計なお世話だ!オメー等のそんな生活をこの中でも唯一永遠に見せつけられそうなアタシの気持ちも察しろ!」
ランはいつも以上にぶっきらぼうな口調でのろけるお蔦にそう言い返した。
「そんなことより、かえで。まずこいつは平民だろ?叔父貴は今でも一代公爵だから結婚する時に甲武の役所に届けるのに妻に名字が要るだろうがそれはどうするんだ?一応叔父貴は甲武一の名門西園寺家の元三男だ。そこらの中堅士族の養女になんて話になったら今の甲武四大公家筆頭を務めるアタシが笑われるんだぞ?その名字の方はどうするんだよ?うちの西もそうだが甲武の平民には名字がねえから軍に入った西なんかは村の西に家があるから西だというように仮の名字を適当に名乗ってるのが普通だ。だから貴族との結婚は出来ねえからよくある手はさっき言ったように傾いた中堅武家の養女にして名字を得るって手だが……さっき言ったように中途半端な家だとアタシは納得しねえからな……それともあれか?妾にしろってことか?ただ、これまでも西園寺の家の妾になった花街の花魁には落籍の際にそれなりの家格と官位を与えて殿上貴族として家に迎えるのが通例だからな……それだけはアタシとしても譲れねえ」
珍しくかなめがいつものがらっぱちから四大公家筆頭らしい言葉を話しているのを目の当たりにして誠は少し興味深く耳を傾けていた。
「要するにだ。叔父貴の相手ってだけなら好きにしろ。でも正式に家へ入れるなら話は別だ。それでも中堅武家でも、官位も爵位もない家だなんてアタシは御免だってことだ。お蔦でもそれをやらねえとうちを目の敵にしている殿上貴族がここぞとばかりに色々後で文句を言ってくるぞ。かえでは所詮甲武四大公家末席だから何も聞こえてこねえかもしれねえが、その筆頭のアタシにはイヤでもその雑音が聞こえてくるんだよ。面倒な話だから前例は踏襲しといた方が後々揉めねえぞ」
かなめはとんとん拍子で話を進める妹に不快感を隠さずにそう言った。
「その点はご心配なく。僕もいくつか中級士族の家名を預かっているだけでなく絶家した国持大名家のうち、再興願いが宙に浮いた家がいくつかあるのは僕も知っているからね。あの無能な『征夷大将軍』の麗子の承認は必要だが、僕とお姉さまが口添えしたと言うことならあの馬鹿女は素直に首を縦に振らざるを得ないだろう。それを再興する形で名字を名乗ればいい。そうすればお蔦さん。あなたが一番美しいから義父上の妻になっていただきたい。別にそんなに構える必要はないよ。前の戦争で一族のほとんどが戦死して一族が絶えてしまった士族の家は数多くあるからね、義父上のような立派な一代公爵の奥方には美人でいてもらわなくては僕の美学に反するんだ。その点あなたは最高に僕の望みをかなえてくれている。素敵なことだと思うよ」
かえでは平然とそう言ってのけた。
名字一つの問題で、こんなに簡単に話をつけようとするかなめとかえでを見ていて、そんなこととは無縁な『一億総中流』社会の東和共和国に生まれた誠には理解できない世界が甲武にはあることはなんとなくわかった。
「日野様……ご配慮ありがたいと言いたいところだけど……アンタのその考え、ちょっと無粋じゃないかね?アタシ等は甲武の粋を体現している花魁の太夫と呼ばれた女だよ。そんなすぐ結婚だなんて……それじゃあまるでアタシが品物のように売られて新さんのものになったみたいじゃないか。花街でもアタシのようなその地位を極めた太夫は男を骨抜きにしてその女無しでは生きていけないからあの男は太夫を落籍せざるを得なかったと言う体面が保てないと、アタシのような花魁の頂点を極めた女にとっては顔が立たないのさ!それにアタシ等はそんな新さんの妻になりたくてここに居るんじゃない!アタシ等は新さんを見守れればいい……時々身体を温めあう関係になれればいい……そう思って甲武から出てきたんだよ!見たところ日野様は相当遊び慣れているように見えるけど、その遊びはアタシに言わせれば子供の遊びだよ!もう少し考えな!」
お蔦はぴしゃりとかえでの申し出に言い返した。
そんなお蔦の毅然とした態度にいつもかなめとかえでの姉妹の言うことに振り回されてばかりで何も言い返せないでいる自分を思い出して誠は苦笑いを浮かべた。
「そうだぞ!かえでは色ごとに関しては焦りすぎだ。それより、お蔦さん。君は俺が相模屋を出た後、花街の大店で太夫になっていたって言うじゃないの。それを俺が妻に迎える……俺としては大歓迎だがそりゃあ話が急すぎるってもんだ。俺は甲武の粋を体現してお蔦さんに出会ったんだ。しばらくはあの頃を思い出して過ごしたい……そんなこともあってね……だから結婚に伴う面倒くさい法律的な手続きとかそれに伴う色々ある俺が動かなきゃならない面倒ごとなんかとはしばらく無縁な二人の生活を送りたいわけよ……その辺はかえでも遊び慣れてるんだから少しは分かりなさいよ」
嵯峨は良い顔をしてそう言った。
この場にいる全員が要するに嵯峨は出来るだけ自分に責任が回ってこない様にずるく振舞って良い思いをしたいだけだと言うことは理解できていた。
「お父様の本音なんて私にはとっくにお見通しです!どうせ安城少佐に嫌われるのが嫌なだけなんでしょ?お父様。お蔦さんが東和に来た時点で安城少佐の事は諦めた方がよろしくてよ。あの人は貞操観念に厳しい遼州人です。愛人がいるお父様に心を許すことなど万に一つもあり得ません!」
茜は厭味ったらしくそう言って顔を背けた。
その一言で明らかに図星を突かれた嵯峨ががっくりとうなだれた。
「なんだい、新さんには好きな人が出来たのかい?いいよ、アタシ等は所詮日陰者だもんね。その安城さんとやらと幸せになっとくれ。ただ、時々アタシと一緒の時を過ごしてくれればいい……安城さんとやらもこんな日陰者のアタシの恋心を分かる御仁だったらきっとアタシの生き方を分かってくれる……なんと言っても新さんの思いを寄せるお方なんだもの。そこの茜とかいう、年ばかり重ねて色も粋も知らないおぼこ娘と違ってケツの穴の小さいことは言わないと思うよ」
お蔦はそう言って茜をにらみつけた。どこまでもお蔦と茜は相性が悪い。それだけはいくら女心が分からない誠にも明らかに分かる唯一の事だった。




