第七章 ただいま
葬儀は市の斎場でおこなわれた。
参列者は多くない。学校から担任と教頭が来て、生徒は代表が三人。千尋の父方の親戚が五、六人、後ろの列に固まって座っていた。その人たちは小さい声で何か話し、話しながら前のほうを見る。見る先には先生がいた。見てから、また話した。
受付の紙に名前を書くとき、ペンの先が引っかかった。二画目を書き直した。
遺影は入学のときの写真だった。
白い背景に、制服の肩。顎を引かずに正面を向いている。口の端が下がっていて、目はまっすぐこちらに向いていた。教室で彼女が僕を見るのは、三つ数えるあいだだけだ。写真の中では、それが終わらない。
僕は一度顔を上げて、すぐに下げた。右手をズボンのポケットに入れる。指のあいだの皮が内側の縫い目に触れて、つれた。手はそのまま出さない。
棺は遺影の下にあった。蓋は閉じたままで、対面の時間はない。
焼香の列は短い。僕の順が来て、香をつまみ、額のところまで上げずに落とした。粉が灰の上で小さく跳ねる。煙はまっすぐ立ちのぼり、途中で折れた。
うしろの親戚の一人が、坊さんの読む声に合わせて、膝の上で指を動かしていた。数えているようだった。
式が終わってから、先生のそばへ行った。
黒い服の肩が落ちている。頰の線が、九月の夕飯のときより細い。腕の時計の跡は、もう見えなかった。
「宮原くん。来てくれて」
僕は頭を下げた。下げたまま、次の言葉を待った。
「あの晩ね」先生は前を向いたまま言った。「私、どうしてあんなに眠ってしまったんだろう」
声の高さは変わらない。職員室で進路の相談をしていたときと、同じ調子だった。
「疲れてたからです」と僕は言った。「ずっと、疲れてましたよね」
先生が頷く。頷いたのかどうか、わからないくらいの動きだった。それから、待っている人のほうへ歩いていった。
外は晴れていた。
斎場の前の道に、父の車が停まっている。父はドアに背を預けて立っていて、僕たちが出てくると身体を起こし、頭を下げた。
「このたびは」
「宮原さん」先生も頭を下げた。「わざわざ、ありがとうございます」
父はそれ以上は言わなかった。言わないでおくのが、この人のいちばん上手なところだ。
車に乗ってから、父はしばらくハンドルに手を置いていた。エンジンをかけたのは、僕がシートベルトを締めてからだった。
*
先生は学校を休んだ。
病気休暇だと担任が言った。いつまでかは言わない。二年の社会科には別の先生が入り、地図帳を使う順番が変わった。等高線は三学期の後ろへ回された。
僕は放課後、畑の縁の道を通るのをやめなかった。
六棟のいちばん奥は、入口に板が渡されたままだ。焼けた窓の内側は、昼でも黒い。前庭の段ボールは片付けられて、そこだけ土の色が違っていた。ロープは外され、代わりに市の名前の入った掲示が、電柱に針金で括りつけてある。文字は雨で少しにじんでいた。
先生がどこにいるのかは、誰も言わない。訊く相手もいない。実母が再婚して部屋を引き払ったとき、僕は同じことをした。駅まで行って、ホームに立って、上りを二本見送って、帰った。
十二月の終わりに、職員室の戸が開いていた。
窓際から三つめの机に、人が座っていた。
「宮原くん」
先生は立ち上がらずに、椅子を半分こちらへ回した。痩せたままだ。髪は後ろで束ねてあって、結び目の高さは前と同じだった。
「ありがとうね。いろいろ」
僕は首を振った。振るほどのことでもなかった。
「あの家には、もう戻らないの。荷物だけ、少し出してきた」
机の上に段ボールが一つ載っていた。角が一度濡れて、乾いた跡がある。
「今は、駅の向こうで部屋を借りてる」
僕は頷いた。訊きたいことは一つしかなくて、それは訊けなかった。
先生のほうから、その話をした。
「部屋の記録、警察に出したの」
記録、と僕は繰り返した。
「見守りの」先生は段ボールの角を指で押さえた。「あの子の部屋の。私は見てない。控えは取ってあるけど、見てない」
指は角を押さえたまま動かなかった。僕は自分の鞄の持ち手を握り直した。
それきり、その話は出なかった。職員室を出て、廊下の突き当たりまで歩き、壁に手をつく。板が冷たい。手のひらから熱が抜けていった。
年が明けてから、僕は父に言った。
夕飯の途中だ。父は正月のあいだだけ家にいて、その日は鰤を焼いていた。
「父さん。藤崎先生と、もう一度会ってほしい」
父は箸を置かなかった。置かないまま、しばらく噛んでいた。
「あの人がいま何を抱えてるか、わかってるのか」
わかっている、と僕は答えた。父は同じことをもう一度訊いて、僕は同じ返事をした。
湯呑みを持ち上げて、中を見る。飲まずに戻した。
「本気か」
僕は頷いた。頷き方が浅かったかと思って、もう一度頷いた。
それきり父は黙った。黙ったまま食べ終えて、皿を流しへ運び、水を出して、止める。返事はその晩には来ない。二月の終わり、父の鞄の内ポケットに、駅前の喫茶店のレシートが二枚入っていた。日付は半月離れている。
*
三月に、県立槙瀬北高等学校に受かった。
掲示板の前で自分の番号を二度数えた。数え終えてから、その場を離れる。嬉しいという感じはない。やることが一つ減った、という感じだった。家に帰って、父の携帯に短い文を送る。返事は夜に来た。よくやった、と四文字だけあった。
四月の日曜に、父が先生を家に呼んだ。
僕は朝から台所にいた。豚の生姜焼き。じゃがいもを煮たの。豆腐と葱の味噌汁。全部、教員住宅の食卓に出たものだ。切り方も同じにした。味噌だけは家のものを使うしかなかった。
先生は玄関で靴を揃えてから、両手で紙袋を出した。
「これは、受け取ってくださいね。お祝いだから」
中身は万年筆だった。父が箱を開けて、試し書きの紙に自分の名前を書く。線が最後でかすれて、父はもう一度書いた。
食べているあいだ、先生は僕の手つきを見ていた。
「宮原くん、これ、全部ひとりで?」
「二年くらい前から」
「そう」
先生は椀を両手で持って、口をつけた。つけてから、もう一度僕の顔を見た。
父は台所の入口に立って、缶を開けていた。飲みながら、二人のほうを見ていた。
食後、僕は自分の部屋に先生を通した。
高校の学習計画を書いた紙を出す。予定表には模試の日と、参考書を終える日が入れてある。先生は紙を端から端まで読んで、二箇所に鉛筆で丸をつけた。
「ここは、もう少しあとでいい」
紙を受け取って、丸の内側をもう一度読んだ。
僕は教科書カバーを折り直していた手を止めた。内側の折り返しを深くとる癖は、中学のころから変わらない。とりすぎて、表紙がわずかに反り返る。
先生が本棚のほうを向いた。
参考書の列の端に、背の低い本が六冊並んでいる。通販でまとめて買ったやつだ。
「宮原くん、心理学も読むの」
僕は紙の角を揃えた。
「少し読んだだけです。こっちの参考書も、見てもらえますか」
先生は本棚から手を引いて、机のほうへ来た。それで終わりだった。
あの六冊を買ったのは中学三年の春で、買ったときの用は、もう別のものに替わっている。
夜、机に向かっていると、同じ場面が来る。来るたびに本を開いて、記憶がどう薄れていくかについて書いてある章を読んだ。書いてあるのは、薄れる、ということだけだ。薄れさせる手順は、どこにも載っていない。
だから問題集を解いた。学校の課題を終えてから、自分で決めた分をやる。終わらない晩は、終わるまでやる。日付が変わってから横になると、夢の中に前の席がある。
夢の彼女は、いつも振り向く途中で止まっている。顔のところに輪郭がない。目も口も出てこない。出てこないのに、見られている感じだけが残る。
朝は洗面所で顔を洗い、襟にアイロンを当ててから家を出た。
*
父とその人が籍を入れたのは、その年の初冬だった。
式はしていない。父が出張から戻った日に、二人で市役所へ行って、帰りに寿司を買ってきた。桶が一つ、卓の真ん中に置かれた。
「今日から、よろしくお願いします」
「こちらこそ」と父が言った。「由紀、荷物は明日でいいから」
「はい。修司さん、その箱だけ、今日のうちに出しておきます」
呼び方が、二人とも一度で切り替わっていた。どこかで練習したのかもしれない。していないのかもしれない。
僕は自分の番を待っていた。
桶から玉子を一つ取って、皿に置いた。置いてから、箸を置いた。
「お母さん」
言ったあとで、耳の後ろが熱くなった。その人は茶を注いでいた手を止め、顔を上げた。
「はい」
それだけだった。訂正も、笑いもない。注ぎ終わった湯呑みが、僕の前に置かれた。
学校では、みんなまだ藤崎先生と呼ぶ。職員室の名札も旧姓のままだと聞いた。家の表札には、父の字で宮原と書いてある。
千尋の名前は藤崎千尋のままで、墓は奥槙の、実家のほうの墓所にあるという。
年が明けて、家の中は音を立てずに回りはじめた。
朝、味噌汁の匂いで目が覚める。制服の襟に、僕がアイロンを当てなくていい日が増えた。父の出張は減らない。減らないままで、家には人がいる。
夕方、学校から帰って、玄関の戸を引く。
「ただいま」
廊下の奥から返事が来る。
「おかえり、直人くん。ごはん、もうできてるよ」
僕は靴を揃えて、上がり框に鞄を置いた。




