第7話 筋肉聖女、聖女候補に選ばれる!
ルクサリス侯爵家の屋敷に、一通の手紙が届いた。
封蝋に刻まれている紋章を見たじいやは、静かに目を細める。
「これは……」
「どうしたの? じいや」
「聖白教会からの手紙でございます」
アナスタシアは首を傾げた。
「聖白教会? ユースティリアさまの教団から?」
「はい」
じいやは頷く。
「おそらく、お嬢様の将来についてのことでしょうな」
その言葉に、アナスタシアの表情が変わる。
「私の……?」
「後日、お話に見えられるとのことです」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
数日後。
ルクサリス家に、一人の司祭が訪れた。
白い法衣を身にまとった初老の男性。
しかし、その表情には権威を振りかざすようなものはなく、どこか優しい顔つきをしていた。
「お会い頂き、ありがとうございます」
「私はカリスティア王国で、聖白教会の司祭を務めております、ティモテオス・アレセイオスでございます」
「初めまして。アナスタシア・ルクサリス侯爵です」
アナスタシアは丁寧に頭を下げた。
すると、アレセイオス司祭の顔がゆるみ、穏やかな笑みを浮かべる。
「実は私とあなたさまは初対面ではございません。三歳の魔力測定時にお会いしております」
「まあ、そうだったのですね。それは失礼いたしました」
アナスタシアは頭を下げる。
「いえいえ、幼いので覚えていらっしゃらないのは当然でしょう」
「実はその魔力測定の結果に関することで、大切なお話があって参った次第です」
司祭は優しく微笑む。
「あなたが三歳の時に行った魔力測定のときのことを、覚えていますか?」
「はい、うっすらと。父と母が驚き、大変喜んでくれた覚えがあります」
「では、その後のことは?」
アナスタシアは首を横に振った。
「小さかったので、あまり覚えていません」
じいやが補足する。
「お嬢様は三歳の時点で、とてつもない量の魔力をお持ちでした」
「それだけではなく……」
司祭は続ける。
「女神ユースティリア様による、非常に強い加護も確認されたのです」
アナスタシアは驚いた。
「この魔力量と強力な加護の力は、歴代の聖女さまたちと比較しても群を抜いておりました」
「そこで私どもは、ぜひともアナスタシアさまを教会の保護下で、お育てしていきしたいとお願いしたのです」
「えっ!? そんなことが……!」
アナスタシアがじいやの方へ振り向いた。
するとじいやは、全てを知っていたのだろう。黙ったまま静かに頷いた。
「しかし、当時あなたのご両親は、教会へ預けることを拒否されました」
アナスタシアは下を向き、テーブルに目を向ける。
「……お父さまとお母さまが?」
「はい」
司祭は優しく笑った。
「お二人はこうおっしゃいました」
「娘には、娘自身の人生があります」
「聖女になるかどうかも含めて、本人が成長してから自分自身で決めさせたいと」
アナスタシアの胸が温かくなる。
「……お父さまとお母さまらしいです」
司祭は頷いた。
「だからこそ、我々もお待ちしていたのです」
「あなたさまが自分で判断できる年齢になるまで」
そして。
司祭は深く頭を下げた。
「本日は、改めてお願いに参りました」
「アナスタシア様」
「正式な聖女候補として、教会で学んでいただけないでしょうか」
アナスタシアは少し考えた。
「聖女候補になると……今の生活は変わるのでしょうか?」
司祭は慌てて首を横に振った。
「いいえ」
「あなたさまは現在ルクサリス侯爵家の当主でもあります」
「領主としての責務を果たしていただくことが最優先でしょう」
「教会での修行や奉仕活動も、あなたの生活を壊さない範囲で調整いたします」
アナスタシアは少し安心した。
司祭は続けた。
「あなたほどの力を持つお方が、人々のためにその力を使ってくださるなら、本当に多くの人たちが救われるのです」
その言葉を聞き、アナスタシアは考え始めた。
両親の言葉。
困っている人に手を差し伸べる。
その力を、人のために使う。
アナスタシアは顔を上げた。
「……もし、私の力で救える人が増えるのでしたら……」
「一度、教会を見てみたいです。」
司祭は嬉しそうに微笑んだ。
「そうですか! それはありがとうございます!」
「あなたさまなら、間違いなく素晴らしい聖女さまへとなられるでしょう」
後日、カリスティア王都内にある神殿に行く約束をして、司祭との話を終えた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
数日後。
アナスタシアは王都の神殿を訪れていた。
聖白教会はカリスティア王国だけでなく、周辺諸国にも広がっており、多くの信徒を抱えている宗教の一つだった。
そのため、その敷地は広く、奥に見える神殿も非常に豪奢で、来訪者はその圧巻の姿に飲み込まれそうになるほどだった。
「すごい……」
アナスタシアは呟く。
「ここなら、たくさんの人たちを助けられるかもしれない」
出迎えた司祭に案内され、アナスタシアとじいやを始めとする一行は、神殿の中へと案内されていく。
「申し訳ございませんが、お付きの方々はこちらでお待ちいただけますか」
司祭が申し訳なさそうに話す。
そこには段差があり、明確に色も分けられており、明らかに奥に入る人を区別しているような感じだった。
アナスタシアはそこが少し心に引っかかった。
さらに奥へと進むと、ひときわ豪華な扉が見えてきた。
司祭が扉の前にいる従者に伝える。
すると、従者が大きな声で伝える。
「司教さま。アナスタシア・ルクサリスさまがお見えになりました」
「通しなさい」
少しかすれたような、男性の低い声が聞こえてきた。
従者二人が重厚な扉を開ける。
「これはこれは、ようこそお越しくださいました」
そこには、豪華な法衣を身にまとった男が立っていた。
周囲にいた司祭や従者たちが一斉に深々と頭を下げた。
その男はアナスタシアを値踏みするように見つめた。
「……なんという素晴らしい魔力!」
「……そして類まれなる強力な加護!」
司教はやや興奮した様子で語り続けた。
「やはり、神に選ばれし人というものは違いますな」
「神に……選ばれし人?」
司教は満足そうに笑みを浮かべた。
「ええ」
「膨大な魔力を持つ者こそ、神に愛され、選ばれし存在なのです!」
「人には生まれながらにして差がある……つまり、異なる役割があるのです」
「……それはどういう意味でしょうか?」
アナスタシアは少し首を傾げながら質問をする。
「我々のように魔力を持つ貴重な人間には、特別な役割が与えられています」
「そして……」
司教が末端にいる従者に目線を移す。
「魔力なき者たちは、神に選ばれなかった存在です」
「しかし、彼らにも役割はあります――」
「有象無象の彼らには、特別な人間に奉仕していくという役割があるのです」
父と母の笑顔が、一瞬だけ、アナスタシアの脳裏をよぎった。
そして、彼女の表情は、みるみるうちに曇り始めた。
――この出会い
この出会いこそが、後に文字通り神殿を揺るがす大事件の始まりになるとは、まだ誰も知らなかった。
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