第6話 筋肉聖女、強さを誓う!
アナスタシアがまだ幼かった頃。
ルクサリス家の屋敷には、いつも穏やかな笑い声が響いていた。
「アナスタシア、今日もよく頑張りましたね」
母はいつも優しく微笑み、温かな言葉をかけてくれた。
その隣で、父もまた嬉しそうに頷いている。
「あなたが努力していることは、決して無駄にはなりませんよ」
ルクサリス侯爵家は、古くから王家とも深い関わりを持つ名門貴族だった。
しかし、当主である父は、いわゆる権力者らしい人物ではなかった。
領民から必要以上の税を取り立てることはなく、むしろ困っている者がいれば、私財を投じてでも助ける。
そんな少し変わった貴族だった。
「お父さま、お母さま……」
幼いアナスタシアは、不思議そうに尋ねる。
「どうして、みんなを助けるの?」
父は少し考えたあと、優しく答えた。
「人は一人では生きていけないからだよ」
「一人で……?」
まだ幼いアナスタシアには、その意味がよく分からなかった。
「そうだね。昔、人々が魔神に苦しめられていた時代があったことは覚えているかい?」
「うん」
「人々を救ったのは、一人の英雄じゃない!」
「みんなで助け合って成しえたことなんだ」
父はアナスタシアの頭を優しく撫でる。
「魔法を使える私たち貴族には、人々を守る責任があるんだ」
「力や財産は、自分だけのためにあるものではないんだよ」
続けて母が微笑んだ。
「アナ……あなたには、とても大きな魔法の力があります」
「魔法?」
「ええ」
母は優しく頷いた。
「その力は、女神ユースティリアさまから授かった大切なものです」
「だからこそ、その力は困っている人のために使うのですよ」
幼いアナスタシアは、力いっぱい頷いた。
「分かった!」
「アナも、みんなを助ける!」
その言葉を聞いた両親は、嬉しそうに微笑んだ。
しかし――。
幸せな時間は、永遠には続かなかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ある日。
領内で流行した病によって、多くの人々が苦しんだ。
父と母は、最後まで領民を救うために働き続けた。
そして――。
二人もまた、その病に倒れてしまった。
「お父さまっ! お母さまっ!」
幼いアナスタシアは、必死に自らが使える限りの神聖魔法を使い続けた。
何度も。
何度も。
自分にできるすべての力を込めて。
「お願い……!」
「治って……!」
「……アナスタシア」
父は弱々しく微笑んだ。
「ありがとう」
「おかげで、ずいぶん楽になったよ」
「でも……!」
アナスタシアの目から涙が溢れる。
「どうして……?」
「どうして、魔法が効かないの!?」
「……アナのせいじゃない。私たちの身体が弱かっただけなんだ」
母は、震える手でアナスタシアの頬に触れた。
「アナ……」
「魔法にも、できることと……できないことがあるのですよ」
「そんな……」
母は優しく微笑む。
「でも……」
「あなたが誰かを救おうとした優しい心は、決して無駄ではありません」
父も静かに続けた。
「……アナスタシア」
「強い力を持つ者には、責任がある」
「……その力で、誰かを守るんだ」
「これからも……」
父の声が震える。
「困っている人に手を差し伸べる、優しい人でいてほしい」
母は涙を浮かべながら微笑んだ。
「あなたは、本当に優しい子です」
「どうか……その心だけは失わないで」
「お父さま……」
「お母さま……」
アナスタシアは二人の手を握り続けた。
しかし。
その温かな手のぬくもりは――。
もう二度と戻らなかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
両親を失った日から、アナスタシアは変わった。
これまで、何よりも誇りに思っていた魔法。
女神から授かった特別な力。
それでも――。
一番大切な人たちは救うことができなかった。
「……私は」
「何もできなかった」
小さな手を握りしめる。
「魔法だけでは……」
「誰も守れない」
両親の葬儀の日からしばらく経った朝――
アナスタシアは屋敷の庭に立っていた。
そして。
小さな身体で、地面に手をついた。
「私は……もっと強くなる」
「魔法だけじゃない!」
「この手で」
「この身体で」
「今度こそ守る!」
「もう、誰も失いたくないっ!」
腕が震える。
身体が痛む。
それでも止めなかった。
その姿を、遠くから見ていた男がいた。
じいやだった。
かつてS級冒険者として名を馳せ、素手で魔物を打ち倒した伝説の男。
「お嬢様……」
じいやは静かに目を細める。
「そのお気持ち、確かに受け取りました」
「ならば、このじいやが……」
「本当の強さをお教えいたしましょう」
――こうして
魔法だけではなく、己の身体も鍛える。
後の『筋肉聖女』へと続く道が始まった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
月日が流れた。
アナスタシアは、美しい少女へと成長した。
金色の髪。
青い瞳。
誰もが振り返るほどの美貌。
しかし――。
「ふんっ!」
愛用の巨槌を、可憐な細腕で軽々と振り抜く。
ガキーーーーーーーーン!
訓練用の鉄塊が、大きな音を立てて吹き飛んでいく。
「今日も素晴らしい鍛錬でございます!」
じいやが満足そうに頷く。
「広背筋が踊り出しておりますぞぉぉ!」
「ナイスバルクッ!」
アナスタシアは胸を張った。
「筋肉は裏切りません!」
少しだけ。
いや、かなり方向性は変わってしまった。
しかし――。
父と母から受け継いだ優しい心だけは、決して変わることはなかった。
これが。
後に人々から『聖女』と呼ばれる少女の始まりだった。
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます!
両親の教えと「筋肉」を胸に刻み、立派(?)な聖女へと成長したアナスタシア。
次回――『第7話 筋肉聖女、神殿へ招かれる!』
聖女候補として第一歩を踏み出したアナスタシアを出迎えたのは、真面目な司祭と……「魔力なき平民は見下して当然」と高笑いする傲慢な司教。
「……なるほど。相手より魔力がある人間は、何をしてもいいのですね?」
アナスタシアの目が静かに冷え切るとき、神殿に不穏な空気が満ち始める――!?
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