第43話 筋肉聖女、別の視点から考える大切さを知る!
「でも、まだ『動機』と『対象となる人』が当てはまった人というだけだね」
「そうね」
「では、殿下がそのような『悪いことができる人』なのかも考えてみよう」
「うん」
「ちなみに、アナは殿下のことを知っているの?」
「ええ。貴族の社交界では、何度かお会いしたことがあるわ」
「どんな人?」
「そうね……」
アナスタシアは少し考え込んだ。
「正直、あまり良い噂は聞かないわ」
「実は殿下に関わる話は、平民の間でとてもよく知られているんだ。悪い評判ばかりだけどね」
「えっ、そうなの?」
「王家の人たちの噂話は、平民の間の娯楽の一つだからね」
アナスタシアは苦笑した。
「いつも尊大な態度で平民に接するとか、プライドが高そうとか」
「あら……」
「そして、『女たらし』とか『遊び人』の噂が絶えない人だよ」
「平民の若いきれいな女性を見かけたら、見境なく甘い言葉をかけて、その気にさせて――でも、飽きたらすぐに捨ててしまう」
「…………」
アナスタシアの表情が、一気に曇っていく。
「もちろん、噂だけで人を判断するのは危険だけどね」
アナスタシアは頷いて答えた。
「うん。あくまでも『疑わしい』に留めないといけないということね」
アナスタシアは今回の事件について、もう一度振り返って考え始めた。
――正しい手続きを踏むだけでは、見えないことがある。
自分にはない、さまざまな視点から考えていくことが重要なんだ。
動機は何か。
誰が得をするのか。
そして、誰ならそれを実行できるのか。
アナスタシアは、これまでとは違った視点から事件を見つめ直していった。
「……ヨル」
「うん?」
「ありがとう」
「どうして?」
「今までの私なら、国王陛下に報告することだけを考えていたと思うの」
アナスタシアは、少しだけ微笑んだ。
「でも、今は違うわ。自分でも、もっと考えてみようと思う」
「そっか」
ヨルは嬉しそうに微笑んだ。
「本当によかった。僕も君の役に立てたんだね」
「もちろんよ」
「僕には、アナみたいな特別な力はない。でも――」
ヨルは、少し照れたように笑った。
「こうやって君の力になれることがあるだけで、僕は嬉しいんだ」
「そんな……」
「だから、これからも遠慮なく何でも話してね」
ヨルは、いつもの優しい笑顔を浮かべた。
「僕は誠実さくらいしか取り柄がないけれど――」
「それでも、君の力になれるなら、僕はそれで十分だから」
その言葉を聞き、アナスタシアは改めて思った。
――ヨルと友達になれて、本当によかった。
筋力でも、魔力でも、家柄でもない。
自分にはないものを、ヨルは持っている。
それが何なのか、アナスタシアはまだ上手く言葉にできなかった。
けれど――。
ヨルという友人の存在が、自分にとってかけがえのないものになり始めていることだけは、はっきりと感じていた。
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