第11話 筋肉聖女、神殿を破壊する!
「女神さまより、この神殿を破壊しなさいという神託が下りました!」
「皆さーん、避難してくださーーーい!」
――ガキーン!
――ドカン!
――バキン!
――ドシン!
美しく装飾された神殿が、みるみるうちに崩されていく。
「どうかお止めくださいっ! 誤解ですぅ! 誤解なんですぅぅぅ!」
司教は必死に叫び続けるが、破壊に集中しきっているアナスタシアの耳には届かない。
他の神官や従者たちも、どうしていいか分からなかった。
司教は泣き叫ぶばかりで、まったくあてにできなかった。
そこへ、アレセイオス司祭が現れた。
「あっ! アレセイオスさま! 我々はいったいどうすれば……!」
神官や従者たちが一斉に助けを求める。
「神託が下りたのは事実です。私もその場におりました」
「……まずは避難を。残っている人がいないか確認をしてください」
その落ち着いた態度に安堵が広がり、一気に避難が進むことになった。
一方、司教は膝から崩れ落ちた。
「あぁ……私の長年の夢が……私の神殿が壊されていく……」
隣にやってきたアレセイオス司祭に気付き、司教は泣きついた。
「どうにかしてくれ! あの娘を止めてくれ!」
「いやぁ……もう止められないでしょう」
「この神殿を建てるために、どれだけの財産を費やしたと思っているんだ……」
「まあ……御神託ですから」
「どうみても、あの娘の勘違いだろう!」
「『垣根を取り払え』が、神殿そのものを壊せという意味なわけがない!」
「……おっと危ない! そろそろ我々も早く避難しなければ!」
司祭は笑顔で司教を押しながら、その場を離れていった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「よし!」
アナスタシアは額の汗を拭う。
「あとこの柱を壊せば、この神殿は崩れそうね」
「……念のため、探知魔法をっと」
アナスタシアは神殿内に誰か残っていないか確認する。
「うん、もう誰もいないみたい」
「それでは――せーのっ!」
――ガッキィィィィン!!!
最後の一撃が響き渡る。
――ゴ、ゴゴゴゴゴ……
神殿全体が大きく揺れ始めた。
「あぁ! あぁ! もう終わりだぁぁぁ!」
庭から見ていた司教が頭を抱える。
――ゴゴゴゴゴ……!
――バキン! ドスン!
――ズッシャーーーーーーーーーーーーーーーン!
つい先ほどまで広く豪奢だった神殿は、自らの重みに耐えきれずに崩れ落ち、瓦礫の山と化した。
「教皇さまに、なんて報告をすればいいんだ……」
「『神託が下りた』で構わないでしょう。念のため、他の神官にも神託の確認はさせますが……」
「……この神殿に、どれほどの金を費やしてきたか分かっているのか?」
「それはもちろん。……しかし、お金はそれほど大事なのでしょうか?」
「それはそうだ! 我々には女神さまの教えを伝えていく義務がある!」
「そのためには豪華な神殿がいると?」
「人々を圧倒する荘厳な神殿だからこそ、人々は女神さまを畏れ敬うのだ!」
「……あの娘を見てください」
砂煙の向こうから、一人の少女が歩いてくる。
そして、ちょうどその瞬間――
雲の隙間から差した太陽の光が、アナスタシアを照らし始めた。
それは、まるで大地に女神が降り立つ神話を再現したかのようだった。
大衆の間にざわめきが起き始める。
「あら、ちょうど良かった! 皆さんとの垣根がなくなったご神託記念です!」
「本日は、無償で治癒魔法を行います!」
次の瞬間、大歓声が巻き起こった。
神殿を破壊した直後であったが、鍛え抜かれた肉体を持つアナスタシアに疲れの色は見えなかった。
市民たちは列を成し、アナスタシアの神聖魔法による治癒を受け始めた。
「あの娘ぇ! 勝手な真似を!」
「……あれを見て下さい」
司祭が指をさす方向に、司教が視線を移した。
「誰も命じていないのに、自発的に神官や従者たちが彼女を手伝っておりますよ」
「……馬鹿なっ!」
「……神殿は、本当に必要だったのでしょうか?」
「どういう意味だ……?」
「神殿内に段差を作り、その美しさや広さで人々を圧倒する……」
「むしろ、そのような隔たりこそが、信仰への壁を作っていたのではありませんか?」
「くっ……!」
司教は何も言えなかった。
「私たちの方が、人々の高さへと降りていくべきだったのです」
「……さて、私も久しぶりに治癒魔法を行いますか!」
「ま、待て、アレセイオス!」
司祭はアナスタシアの元へと走っていった。
「……女神さま。私は……間違っていたのでしょうか?」
その時だった。
暖かい光が差し、司教を照らした。
「……こ、この光は!?」
司教の瞳に、ほんの一瞬だけ微笑んでいる女神の姿が映る。
「ユ、ユースティリアさま……」
「そうだったのか! あの娘は……ユースティリアさまが寄越してくださったのだ!」
「ああ! こんな私でも……こんな私でも……女神さまは、決して私をお見捨てにはなられなかった!」
手を組み跪き、感謝と祈りを捧げる司教の目から、滝のようにあふれる涙が止まらなかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
この日から、司教は変わった。
質素な衣装を身に付け、寄付も維持に必要な最低限度でのみ受け取るようになった。
そのあまりの変わりように、多くの人が疑問を持った。
「どうして、そんなに変わったのですか?」と問われると、司教は決まってこう答えたという。
「一切を失ったが、一切を得た……」
後に、この場所は巨大な庭園が広がる神殿として再整備された。
誰もが自由に入ることができ、誰もがユースティリアさまの奇蹟を受けられる庭だけの神殿。
そこには壁も、段差も、人を隔てるものは何一つ存在しなかった。
後にこの場所は『救済の庭』と呼ばれるようになり、数多くある聖白教会の神殿の中でも、もっとも有名な神殿の一つとなった。
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