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【07】献身劇

 文化祭で浮ついた観客の心を1人残らず絶望の淵に叩き落とし、3年5組の演劇『クリミナル・クリスタル』は幕を下ろした。


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 終演後、3年5組はくたくただった。普通ならまた文化祭を見て回るものだが、全員そろって体力を使い切っている。

 談笑したり、机を片付けて広くなった教室にごろごろ転がったり、思い思いに過ごしていた。


(やっと七星(ななせ)さんの絶対王政から解放される)


 (れい)以外のクラスメイトの脳内はそれで満場一致していた。


文音(あやね)ちゃん~~っ。すごかったよもう~~っ……! 文音ちゃんがこの勢いで人気者になっちゃったら嬉しいけどやだぁ~~っ……」

「大丈夫ですよ。どうせ誰も、ダイヤ役が私だとは気づきません」


 元の制服姿に戻った2人は、死屍累々と言わんばかりのクラスメイトたちを横目に寄り添い合っていた。


文音(あやね)ちゃん、本当かっこよかったよ」

「……いえ。ダイヤの青年でありながら彼が放つ儚さの両立は、私には夢のまた夢でした」

「鈍感だなぁ。文音ちゃん自体が魅力的だって言いたいのっ!」


 文音(あやね)(れい)のあまりにストレートな言葉に頬を真っ赤にしていた。


 文化祭の終了時刻が近づいている。校内放送に、クラスメイト達は生気を取り戻した。


『皆さん、文化祭はいかがでしたか? ただいまより、3年生の演劇・パフォーマンスのグランプリを発表します!』


 がやがやと声が聞こえていた隣の教室も、その一声で一気に静まり返った。3年生の教室が並ぶ校舎の3階が、沈黙に包まれる。


『今年度はなんと! 10年ぶりにグランプリを超える大賞が出ました!』


 これには担任の方が思わず立ちあがる。


『演劇部門今年のグランプリ、大賞は……』


『圧倒的なシリアスさ、ラストシーンの熱演! 生徒審査員が全員満点を付けました! 3年5組、『クリミナル・クリスタル』です! 3年5組の皆さん、おめでとうございます!』

「やった――――――!」

七星(ななせ)さんを信じてよかった~!」

「俺たちが優勝だ――!」


 教室は歓喜に打ち震え、耳を突き破るような雄叫びに包まれる。担任は涙を拭っていた。中心人物である文音(あやね)たちはもみくちゃにされる。自分の陰に隠れた文音の代わりに、(れい)が彼らの相手をした。


七星(ななせ)、西木。ありがとうな。今まで先生が見てきた3年生はみんな負けて……。この時間はすすり泣いてたから……」

「で、今度は先生が泣いちゃったって?」

「そう、だなっ……。情けなくてごめんな。体育祭を含めても自分のクラスが優勝したのはこれが初めてだったんだ……。うぁあぁっ……」


 大泣きする担任とは裏腹に、3年5組は笑い声に包まれる。


『また、優勝に伴い『クリミナル・クリスタル』は明日の13時から再演となります。文化祭2日目もお楽しみに!』


 (れい)の肩には放送が告げた『再演』という言葉があまりに重たくのしかかっていた。たった今全てを出し切ったのに、あれだけのことをもう1度やれというのかとのたうち回りたくなる。

 そんな澪に文音(あやね)は1つ咳ばらいをし、口角を上げた。


(れい)さん、今日の演技は素晴らしかったですよ。明日もよろしくお願いします」

「うん……。頑張る……」




 翌朝、目覚ましよりも早く澪の携帯が震えた。時刻は午前4時。メッセージアプリの通知が大量に届いていた。携帯を握りしめたまま眠りについた(れい)は怪訝そうに目を開ける。通知はすべて文音(あやね)からのものだった。通知音とバイブレーションが、澪の意識を呼び戻し続けている。


「んぅ……? うん!?」


 メッセージの内容を確認すると、(れい)の眠気は吹き飛んだ。昨日の文音(あやね)の様子からは想像もできなかった事態に心臓は早鐘を打ち、頭が回らなくなっていく。澪が震える指で画面をスクロールすると、文音がずっと澪を呼び出そうとメッセージを送り続けた痕跡があった。


『ごめんなさい』

『こえが』

『でなくて』

『どうすれば』

『みなさんになんとお詫びすれば』


『色々持っていくし、一緒に事情も説明するから。学校にはおいで』


 (れい)はすぐさま制服に着替え、家族が起きてくるよりも早く家を飛び出した。自転車を飛ばして、ドラッグストアで喉に効きそうな飴やら薬やらを買い込んで、はち切れそうなレジ袋を籠に積み学校へ向かう。呼吸を乱し、靴を小さなロッカーに叩き込んで学校の階段を駆け上がった。


文音(あやね)ちゃんっ!」


 (れい)が教室に駆け込むと、文音(あやね)は窓から遠くを眺めていた。校内はまだ寝静まっており、静寂の中彼女の髪がきらきらと琥珀色の朝日を反射している。重たい前髪をさらに重たくして、文音は澪に近づき口を開いた。射し込む光のベールが2人を包む。


 ごめん、なさい。


 声を出そうすると痛みが走り、びくっと文音(あやね)は喉に手をやる。潤んだ瞳で(れい)を見つめる、ただでさえ小さな文音の声は痛々しく掠れていた。


 それ以上の言葉を、(れい)は自分の胸に文音(あやね)を抱き寄せて塞いだ。


 もう、おわりです。


 自ら築いた理想郷を、不可抗力とはいえ自分で壊してしまった文音の手は震えていた。


「大丈夫、まだ時間はあるよ。みんなに相談して何とかしよう」

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