【06】最適解
慌ただしい場面転換や早着替えとともに、牢屋の格子が取り払われ目にまぶしいほどの白さを放つ背景が舞台上に滑り込んでくる。『クリミナル・クリスタル』後半が始まった。
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ダイヤは町内で起きた連続不審死を殺人事件だとした警察に逮捕された。クリスタルのせいだと言ったところで信じてもらえるはずもなく彼は拘置所で膝を抱えていた。
ふと、そんな持ち主を見かねたかのようにクリスタルが光を放つ。こうしてダイヤがいた牢屋は真っ白な隔離施設へと姿を変えた。鍵付きの自動ドアと人ひとりが潜れそうな窓以外は何もない。
ダイヤはそんな場所に閉じ込められ、日付の感覚も失いつつあった。かなり前、防護服に身を包んだ男2人組が現れてそのうち1人が恭しく頭を下げたという記憶が彼に与えられた最後の刺激だ。
(きっと、こうしている今もクリスタルのせいで世界はめちゃくちゃに……)
自動ドアの向こうから、ダイヤの方に走ってくる足音が聞こえた。
「え、どうしよう、開かない! そこにいるんでしょ、ダイヤーっ! 開けてーっ!」
「ルビー!?」
憔悴しきって千鳥足になりながら、ダイヤはドアに駆け寄った。自動ドアは勝手にロックが開き、ダイヤの友人ルビーが姿を現した。
ルビーはゴシックとパンクを織り交ぜたような服装でダイヤの前に現れた。以前から彼女は変わった服装を好んでいたが、彼女の瞳にはどこか覚悟の色が滲んでいる。
「ルビー……。来ちゃだめだ、君を死なせたくない!」
「いいよ。もう私、こんな世界うんざりだもん。死んでも恨みっこなしってことで。それに、クリスタルについてあの雑誌を引っ張り出したらすごいことが書いてあったの」
「まさか、この願いを取り消す方法とか……?」
ダイヤの期待を裏切り、ルビーは首を横に振った。
「ううん。キャンセル不可。さすがオカルト雑誌って感じで、クリスタルは別名『悪魔の結晶』って書いてあったの。拾った人の願いを問答無用で、最悪の方法で1つだけ叶える」
「でも、私ちょっと試してみたいことがあるの」
「え……?」
次の瞬間、ルビーはダイヤの手からクリスタルを奪い取り窓を開けて、外へ力の限り放り投げた。
「あっ……!」
「こうすれば、あいつも砕けてお役御……め……」
ルビーの身体が、ゆっくりとその場に崩れ落ちた。クリスタルは地面に落ちることなく、ゆっくりと浮上しダイヤの手元に戻って来る。
「嘘、だろ。ルビーが何をしたっていうんだ……。もう……嫌だよ……。誰も死なないで……」
物語はクライマックスへ差し掛かる。これまでダイヤと『クリスタル』を止めようと様々な人物が乗り込んできて、その場で命を落としてきた。
引きはがそうとしてもクリスタルは戻ってきて、破壊しようとすれば一撃を与える前にその相手が命を落とす。金を積もうが相手はただの石ころで効果は無に等しい。
ダイヤが恐る恐る窓の外を覗いても、歩いているのはほとんど同じ格好をした人間ばかりになっていた。
最後にダイヤの元を訪れた赤い髪の『レッドトルマリン』と名乗った人物もクリスタルの破壊を試みたが、突如として髪色と同じ飛沫を派手に散らし倒れた。
その時クリスタルはかつてない閃光を放ち、小さな窓ガラスを割るほどの衝撃が走った。ダイヤだけが無事だったのは、それの持ち主だからだろう。
その景色と後から立ち込めた臭いは、ダイヤが眠りに落ちるたびありありと蘇ってくる。
感情を消し去られ、動くだけで物言わぬ人形のようにダイヤを生かし続ける看守たちに混じってただ1人コハクだけが以前の世界のような感情を保っていた。
「ダイヤくん。世界は本当に作り替えられたよ。とうとうスポーツの勝ち負けすら通用しない世界になった」
「もう、嫌です。僕はこんな世界、1ミリも望んでない……」
ダイヤは数か月単位で、泣き疲れた子どものようにぐったりとしていた。日に日に質素になっていく食事も、『世界平和』が達成される段階で殺生が行われなくなった証だった。
「君は僕が初めて見た時から、ひどく怯えていたね」
「当たり前です、これに願いをかけてからすぐに家の前で『よく説教してくる』って近所の子から評判の悪いお爺さんが死にましたから。そんな評判を振りまいた子たちも、今頃……」
ダイヤは座り込み、深く項垂れる。トルマリンが血飛沫を上げて命を落としてから取り換えられた何着目かのワイシャツは、痛々しいほどに光を反射している。
「友達のルビーは急に僕の隣で倒れた。顔立ちからして外国から来たらしい『トルマリン』って人たちは何度もクリスタルを壊そうとしてくれたけど、彼らにもできなかった」
ダイヤは身が張り裂けそうな罪悪感と後悔を胸に、コハクの防護服にしがみついた。
「僕は『誰かに死んでほしい』なんて考えたこと1度もない、ましてや王様になんてなりたくないっ……」
「僕はただ争いがなくてみんなが好きなことへ全力になれて、笑って過ごせる世界になってほしかっただけなのに……。僕は、なんで……」
「ダイヤくん……」
コハクは、自分の懐にそっと手を差し込む。世界を元に戻すため、彼が出したあまりに皮肉な結論だった。
「やっぱりこの世界を元に戻すには、もうっ……! 君が死ぬしかないんだ!」
怒号とともに、眼前へ突き付けられた拳銃にダイヤは後ずさる。
「コハクさんっ! 待って!」
「うわぁあ――――っ!!」
この世界に、久々の銃声が轟いた。2人の間近で響いた破裂音が鼓膜を劈く。
クリスタルの力で、この世の武器の威力は相手を気絶させるまでに留められたはずだった。コハクはそれを夜な夜な改造し、元の威力に戻してみせた。
目を見開いたまま動かなくなったダイヤの目を、自らの意識も遠のく中でコハクは伏せてやる。
「僕たちはきっと、純粋だったんだ。みんな心の底はいい人で、いつか世界は平和になるって、信じてた。でもヒスイさん、いつも言ってたもんな。『ごめんで済んだら警察はいらない』って」
今やその頃の面影を全く残さないベテラン刑事ヒスイの顔を、コハクは真っ白な天井を見つめながら思い返した。
彼が意思を持って生きていたら、容疑者を撃ち殺したなんて知ったらどんな言葉とともに怒っていたか。
「もし、何でも願いが1つ叶うなら……。何て言おうかな……」
持ち主がこと切れようと、クリスタルの意思は止まらなかった。世界は今日も、明日も、ずっと先でも、『平和』であり続けることだろう。
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舞台が暗転し、暗がりの中コハクとダイヤを熱演した澪と文音がむくりと起き上がる。
カーテンコールとして3年5組の皆が1列になり礼をしても、拍手喝采を受け取るまでそれを躊躇うような沈黙がわずかに挟まった。
現実は色とりどりの祝祭がまだ続いている。体育館からはこの劇のせいでその色が失われていた。




