【04】白昼夢
ついに、文化祭当日がやって来た。
主役の文音と、その付き添いにぴったりだとクラスメイトたちから背中を押された澪は2人で劇の宣伝をするべくダイヤとコハクに扮して校内を練り歩く。
「いやー最っ高だよもう……。文音ちゃんと文化祭デートの権利を、なんと公式に勝ち取るなんてさ~! ……めっちゃ見た目がダイヤだけど……。あ、ちょっと待った!」
「は、はいっ」
文音は赤い瞳を落ち着いた色に変えるためカラーコンタクトを開封している手を止めた。そこには、実質的に文音のメガネをかけたダイヤがいる。
「メガネっ子のダイヤ、かわいい~っ♡」
澪がニヤニヤしながら携帯のカメラを向けると、文音はそれを手で覆ってしまう。
「恥ずかしいですから……。それにコハクはそのようには笑いませんよ」
「そういう所もめっちゃ好き」
澪に素直な気持ちを伝えられ、文音は唇をぎゅっと噛みしめていた。
「澪さんはずるいです……」
そこから、2人は恰好こそ違えど素のまま文化祭を楽しんだ。
男子はいつもの倍はしゃぎ回り、女子も教師たちの目を掻い潜って華やかな髪型を整えて来ている。
浮足立った人混みをはぐれないように手を繋いですり抜け、最初に訪れたのはお化け屋敷だった。
「ぎゃーっ! お化け~~っ!」
「ひいっ。澪さんっ……」
「もうお化け屋敷はこりごりだぁ~~っ!」
「澪さん。折角なので文芸部の教室に……来てくれませんか?」
「行く。絶対行くいや行かせてください!」
「ふふっ。今回は僭越ながら小説だけでなく挿絵も描きました。……あまり期待はしないでくださいね」
放課後は毎週ライブハウスに駆けつける澪と違い、文芸部は文音の大切な居場所だった。
次は外に出てソースの焦げる匂いが漂う中、2人並んでたこ焼きを食べ進める。
「たこ焼き解剖してから食べる人初めて見たわ……」
「え……? やらないのですか? 火傷が怖くて、つい」
「聞いたこともないよ……」
傍から見れば、ダイヤとコハクがデートをしているだけの光景だろう。澪が3年5組の出し物の宣伝ボードを提げていなければただのコスプレデートだ。
きらきらとした太いモールで飾り立てられた、『3年5組 演劇 クリミナル・クリスタル 14:30から』と書かれたモノクロのボードは極彩色の文化祭では異質だった。
ふと澪が腕時計を見ると、時刻は14時を回っていた。彼女の頭から血の気が引いていく。
「あと30分!?」
「は、早く行かないと!」
澪はボードが激しく揺れるのも構わず、文音は厚底靴を鑑みず、はぐれないように手を繋いで会場の体育館に駆けだした。
「もうすぐ演劇やりまーす! 観に来てくださーいっ!」
「はぁ、はぁっ……!」
息も絶え絶えに、14時10分ごろ2人は舞台裏にたどり着いた。
「もう七星さん! 澪さまの手綱握っといてよ~!」
「すみません……。澪さんの楽しそうな姿を見ていたら、時間が分かっていても、つい……。本当に申し訳ありません」
「七星さん、澪さまに甘いなぁ」
(いや、演技指導でかな~り厳しくされたんですがそれは……)
澪の脳内には、文音の静かながらも心に突き刺さるいくつもの愛のムチがよぎっていた。
長い前髪からちらちらと覗く文音の赤い瞳が、この時ばかりは恐怖の対象と言ってもいい鋭さだった。
(まぁ、文音ちゃんが本当に『クリスタル』のこと大好きって分かって幸せだったけど)
3年5組の前のクラスは、体育館を丸ごと揺らす勢いの和太鼓パフォーマンスを披露していた。
フロアを揺さぶる振動に気に入らない所があるのか、逃げ場を求めるように文音は澪にくっついて、顔を伏せていた。澪の袖を必死に掴んでいる。
(可愛いっ……! 久しぶりだからびっくりしてるのかな。守護りたいっ……。でもこの後この可愛い文音ちゃんと舞台上で……。はぁ……)
舞台の主演はもちろん、舞台上の和太鼓演奏も|文音にとっては想像を絶する緊張を連れてくる。
かつて向こう側だったはずの文音だが、もう戻ることはできない。喪失感や恐怖、その原因となった出来事にある心無い言葉が、文音の心に襲い掛かる。
身を守るように澪にしがみついた。ただならぬ文音の緊張を察した澪は彼女の肩をぐっと引き寄せた。
「大丈夫だよ、私ここにいるからね」
出番が迫る中、3年5組の面々は円陣を組もうとしていた。主演以上の権利を最後まで手放さなかった文音が断固拒否している。
先の出来事で機嫌を損ね、露骨に唇を噛み締め顔を背け続けていた。
「やっといたほうがいいって文音ちゃんっ……!」
「ほ、放っておいてくださいっ……」
澪の後ろに隠れて、断固拒否だ。
「じゃあ、勝手にやっちゃうよ? ……よっしゃ、3年5組、頑張るぞーっ!」
澪が独断で進めてしまうと、文音も彼女の後ろからそっと手を伸ばした。
澪の出番は劇がかなり進んでからだ。舞台袖で彼女の背中に手を添えて文音を送り出す。彼女の震えはそれでわずかに収まった。舞台袖の向こうは、暗闇に包まれている。
「文音ちゃん、行ってらっしゃい」
彼女は静かに、そして確かに頷いた。




