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【03】体温差

 ついに、(れい)文音(あやね)が纏うコハクとダイヤの衣装が完成した。

 文音の指示により急ピッチで準備が進められ、当日まではあまり日付が残されていなかったものの2人の焦りは少しだけ和らいでいた。

 ウィッグで明るい髪色のショートカットになった文音はまさにダイヤだ。

 

 (れい)もまた、コハクらしいくるんと少し巻いた黒髪ショートカットとスーツ姿になっている。

 ダイヤも劇中の大半はワイシャツとスラックスというシンプルな格好だ。ワイシャツに至っては制服からの流用となる。


「……勢いで(れい)さんにコハク役を押し付けてしまいましたが。あなたに嘘でもあんなことを……。今になって申し訳なく思っています」

文音(あやね)ちゃんも……不安だったんだ」

「ええ。とても不安です。しかし今こうして準備が整いましたから。これからはさらに厳しく行きますよ、澪さん」



 衣装ができたことで、文音(あやね)(れい)が演じるクライマックスは過激さを増していった。文音はダイヤの無垢さに身を委ね、澪は気恥ずかしさを日に日に振り切っていく。

 

 長い舞台稽古で日が落ちた校門前、2人はなかなか「また明日」を言えずにいた。誰にでも、明日すぐ会えるのに帰ることが惜しくなってしまう日がある。


「ねぇ、まだ時間大丈夫?」

「は、はいっ。家に連絡すれば……。(れい)さんも一緒ならきっと」

「甘いの、飲みに行こっか!」

「あ……。私、甘いものは苦手で……」

「え、そうなの!?」


 (れい)は目を丸くするが、そのまま2人は女子高生にとってステータスに等しいコーヒーショップへ寄り道した。

 主要駅で電車を降り店内に入ると、そこはどこか垢抜けない人間を拒絶しているほどの雰囲気を醸し出している。

 澪は期間限定ドリンクの写真に飛びついた。文音(あやね)も彼女の勢いに引っ張られる。


「お、今はきなこ味か~! まあ、チョコとかホイップとかは分かるけど……。きなこやお餅もダメ?」

「私は普通のコーヒーで十分です……。値段も高いですし」


 手近な席に座り、コーヒーの倍近くもする豪華なきなこドリンクを(れい)はとろけそうな笑みを浮かべ吸っている。

 文音(あやね)は対照的にブラックコーヒーにミルクだけを入れて口を付けていた。


(れい)さん、失礼ですが……。そのようなものばかり飲んでいるから……。そのような、脚に……?」

「ん? あー、これ? んふふ。お腹が出なきゃいいのっ。それにむちむちおみ足は健康的で魅力かもよ?」


 いつも折り曲げて短くしているスカートから覗く太ももを(れい)は見やる。文音(あやね)はそっとテーブルの下を覗き込んだ。

 絶望的に太いわけでもないが細いと言えるかは怪しい澪の脚を、文音は頬を赤くしながら熱を帯びた眼差しで見つめていた。

 その下、篭に入れられた澪の鞄はマスコットやアイドルの写真がこれでもかと付けられているが文音の鞄はごく小さな『クリスタル』をモチーフにしたストラップが付いているだけだった。


 

 帰路につき2人の家の最寄り駅まで来ると、完全に夜は更けていた。

 昼間は人出のある駅も、この時間は誰もいない。日が落ちて気温も下がり、(れい)は身震いする。青白い街灯が連なる静かな通りを2人は歩き始めた。


(れい)さんの脚……。はしたないですが、少し分けて欲しくなります」

「えっ」

「ダイヤを演じるには……。私は華奢すぎました」

「私も。さっきはあんなこと言っておいてさ、文音(あやね)ちゃんみたいに華奢なの……。ちょっと羨ましいよ。あははっ。ない物ねだりだね」


 街灯に照らされても薄暗い分かれ道、(れい)は別れ際に立ち止まった。ここで左右に分かれ、2人はそれぞれの家に帰ることとなる。


「触っとく? 脚」

「っ……。少し、興味はありますが……。本当に良いのですね……?」

「文音ちゃんだもん」


 文音(あやね)はそっと、(れい)の太ももに手を回した。彼女の体温が文音の手に不思議なほど馴染んでいく。


「思っていたより……硬い?」

「でしょ。ライブ遠征で歩いてばかりなせいか結構ごつくなっちゃったみたいでさ」


 文音(あやね)は興味深そうに(れい)の太ももを揉みしだき続ける。


「ちょ、そんな触られたらさすがに恥ずかしいよ……」

「……癖になりそうです。むちむち、ですね」

文音(あやね)ちゃんの手、冷たいよぉ……」

「その分、(れい)さんは温かいです」


 文音(あやね)の冷たい手に(れい)が長いローポニーテールを揺らし小動物のような悲鳴を上げる中、文音は澪の胸に顔をうずめる寸前でぴたっと止まった。


「ひゃぁあっ……! 文音(あやね)、ちゃんっ……!?」


 普段(れい)に冷ややかな文音(あやね)が、澪に抱きしめられることを望んでいる。文音の感情をそう解釈した澪は彼女を思う存分抱きしめた。


「文音ちゃん、お疲れ様。あと少し、一緒に頑張ろうね」

「はい……。澪さんはふかふかで、本当に温かいです」


 分かれ道に佇む1つの街灯が、スポットライトのように2人を照らしていた。

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