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【02】独壇場

 あの七星文音(ななせあやね)が、演劇の主演に自ら名乗りを上げた。椅子を弾き飛ばすように立ち上がった彼女の姿に、(れい)の心臓も身体ごと飛び上がる。


「な、七星(ななせ)……。気が早すぎないか……?」


 長い前髪から覗く彼女の瞳は、覚悟の色に染まっていた。担任も表情を困惑一色にしている。


「やらせてください。『クリミナル・クリスタル』を愛する者として譲れません」

「き、気持ちは分かるが……。他にやりたい人いるか? いなければ七星(ななせ)で決定にするぞ」


 有無を言わせぬ文音(あやね)の様子に、クラスメイトの誰もが動けなかった。

 彼女の独壇場は止まらない。次々と彼女の思い通りの配役が決定されていく。


(れい)さん。あなたはコハク役をお願いします」

「え!? 私!?」


 突然の指名に(れい)も立ち上がる。


「ちょ、コハクって最後、その、ね! 絶対無理だって!」

「せっかくやるのです。あの物語を、彼らを茶化すようなものにはしたくありません。あなたとなら、安心して命のやり取りができます」

文音(あやね)ちゃん……。分かったよ……」


 文音(あやね)はその後も次々とクラスメイトを的確な配役で指名していく。彼女の勢いは担任でも止められなかった。


「西木……。何とかしてくれ……。このままじゃ全部七星(ななせ)が決めることに……」


 (れい)文音(あやね)が全てを仕切ろうとする様子に冷や汗をかきながらも、彼女を止める気はなかった。

 ここまで積極的な文音は澪にとってもレア中のレアだ。担任と澪がこうして話しているうちも、文音の独裁は止まらない。


「ルビーは……。残った女子の皆さんで取り合ってください。男子の皆さんは……。テツ争奪戦です。好きにしてください。これ以降は名前のない役となります」


 その言葉を聞き、女子はルビー役を誰にするかで話し合い始め、男子はじゃんけん大会を始めた。


「ルビーって結構でかい役だったよな? 先生よく知らないから何とも言えないが……。そこはみんなに委ねるんだな」

「た、多分クラスで1番可愛い子にやらせたいんだろうな……。まぁ私からしたら文音(あやね)ちゃんがぶっちぎりの1番ですけどね」

「じゃあテツって誰なんだ?」

「えっと……。ダイヤがクリスタルに世界平和を願った結果、平和を乱す者として真っ先に消された万引き犯の役です」

「は、はぁ……。西木も詳しいな」


 文音(あやね)がすべての舵を取るさまを、担任は(れい)による解説を交えて眺めていることしかできなかった。


 3年5組の演劇が『クリミナル・クリスタル』に決まった瞬間から、クラスの統治権は文音(あやね)の手に渡ったかに思われた。その代償はクラスメイトたちが作品に触れ始めてすぐに押し寄せた。

 そもそもダイヤは男性、彼と比べればまだ高い文音の声で代わりになれるわけがない。身長も文音の150cmではダイヤの公式設定には全く足りていない。

 どれも真っ当な意見でありながら、文音が主役である理由はどこにもないことを彼らは丸裸にした。


「色々と、言われてしまいました」

「そりゃそうだ、と言えばそこまでだけど、1つずつ問題をつぶしていくしかないよなぁって思っちゃった。でも文音ちゃんがやるダイヤかぁ……」


 クラスメイトからの鋭い意見を一身に受けた文音(あやね)は、好物のおにぎりにかぶりつく(れい)と机を寄せ合いながらも昼食にほとんど手をつけられずにいた。

 澪の記憶にも焼き付いている『クリミナル・クリスタル』のラストシーンと言えば、「僕はこんな世界なんて望んでいない」と号哭するダイヤだ。


 世界平和のために感情という感情がそぎ落とされた世界で、唯一人間らしさを失わなかった隔離施設の看守『コハク』。

 彼にしがみついて感情を爆発させたダイヤの姿はファンのみならず多くの人が知っている。(れい)が見たアニメではそのような終わり方だった。

 その通りになればあの文音(あやね)が演技とはいえ大泣きするのを澪は間近で受け止めることとなる。澪がコハク役に選ばれたのは当然のことのように彼女には感じられた。


「とりあえずさ。身長差だけでも埋めるために厚底の靴、探しに行こうか」

「……。はい」


 次の週末、(れい)が目の保養として通っているファッションビルを彼女と文音(あやね)の2人で訪れた。


「ダイヤご本人まで身長を持っていくのは無理だけど、コハクと身長差が生まれなければいいと思わない?」

「それで解決できるのなら、ぜひ……」


 いくつ店を回っても、厚底ローファーはラインストーンやリボンで飾り立てられたものばかりで澪は肩を落とした。


「可愛いのばっかり~~。こういうときに限って。まぁ黒に黒なら目立たないか! これとかどう?」


 黒地に黒いサテンのリボンがついた厚底ローファーを文音(あやね)が履くと、普段交わることのない2人の視線はまっすぐ合った。


「おお~! やっぱ厚底は偉大だね! どう? サイズきつくない?」

「れ、(れい)さんっ……。足を挫きそうで歩けません……」


 (れい)の肩を借りながらも、文音(あやね)は小さな歩幅でしか動けない。澪にしがみつき、1歩ずつ歩こうとする。

 目の前に迫る文音の赤い瞳や震える唇に、澪は溢れそうになる何かを理性で抑え込んでいた。


「これではとても……。舞台に立てません」

「まあ、少しずつ履き慣れていこうよ」

「はい」

 


 文音(あやね)は主演だけでは飽き足らず、劇の脚本や演出もこなしていた。愛する世界を軽く演じられては困る一心で、全てを受け持った。

 脚本を用意する権限を使って舞台版にはなかったトルマリンの出番を増やし結末を原作と同じにしたとき、文音はどんな小説を書き終えた時よりも達成感を覚えたという。

 今日も3年5組の教室には文音の鋭い指摘が飛んでいた。


「待ってください、そこはもっと感情を抑えて……!」

「あなたはもっと自然に倒れてください。大げさに苦しむと滑稽に見えます」

「トルマリンはそんなに感情豊かには話しません、直してください」


 そして、(れい)文音(あやね)から手厳しい評価を受けてしまった。まさに文音が一番汚されたくない、ラストスパートでのダメ出しだ。


「まだコハクのダイヤに対する諦めと彼を悪として見なした、あの希望が絶望に反転する感情が表現できていませんね」

「も、どうしたらいいのっ……」

 

 そもそも澪の記憶にあったアニメの結末と、文音の心に刻まれた原作の結末は大きく異なっており、澪は息も絶え絶えになりながら苦戦を強いられていた。


(れい)さまちょっと可哀想に見えてきた。絶対裏でもっと厳しいこと言われてそうじゃない?」

「だよな~」


 触らぬ神に祟りなし。クラスメイトたちも2人のやり取りを遠巻きに眺めていた。

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