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〜〜〜
「こっちだよ、ノアくん」
アリスさんに手を引かれて、歩く。
温かい。
なんか、こういうの。
普通だ。
普通って、こういう感じなのか?
いつもは任務とか、壊すとか、マリアさんとかで。
でも今は。
ただ歩いてるだけだ。
「ノアくん?」
「は、はい!」
振り返ると、アリスさんが小さく笑っていた。
「そんなに緊張しなくていいのに」
「いや、その……慣れてなくて」
「ふふっ。かわいい」
か、かわいいって。
やべぇ。
今ので確実に寿命が縮んだ。
小さな建物に入る。
中には部屋。
とても殺風景。
机と、椅子と、窓。
それだけ。
なのに。
なんか落ち着く。
「ここ、アリスさんの部屋ですか?」
「ううん」
「仮の場所」
「仮?」
「うん。ずっといる場所じゃないから」
さらっと言う。
さらっと。
そういうもんなのか?
「ノアくんは?」
「ん?」
「ずっといる場所って、ある?」
その質問に、一瞬詰まる。
ずっといる場所。
マリアさんのところ。
それ以外、考えたことなかった。
「ある……と思います」
「へぇ」
アリスさんは、少しだけ目を細めた。
「どんなところ?」
「えっと」
「マリアさんがいて」
「仕事して」
「飯食って」
「寝て」
「それだけです」
「ふふっ」
アリスさんは笑った。
でも。
その笑い方は。
ちょっとだけ、優しすぎる気がした。
「それって」
「本当に“居場所”かな?」
「え?」
「いや、ごめんね」
すぐに首を振る。
「ちょっと気になっただけ」
かちゃっ
机の上に、お茶が置かれる。
湯気がふわっと上がる。
甘い匂い。
「飲んでみて」
前に座っての、微笑み。
かわいい。好き。
「い、いただきます」
一口。
うまい。
いや、ほんとに。
「うまっ」
「よかった」
アリスさんは、安心したように笑う。
「こういうの、好き?」
「好きです」
即答。
「単純だね」
「は、はい。俺、単純です」
「かわいいっ」
即答で返される。
ずるい。
「ねぇ、ノアくん」
「はい」
「その…マリアさんのこと、好きなんだよね?」
「はい!!」
即答。
まただ。
迷いがない。
「そっか」
アリスさんは、少しだけ視線を落とした。
「じゃあさ」
「わたしのことは?」
「はい?」
一瞬、思考が止まる。
え?
え、なにこれ。
質問の意味がわからん。
「えっと、その」
「好きとかじゃなくていいよ」
「ただの感想でもいい」
「か、感想?」
えぇ……?
頭が回らん。
マリアさんとは違う方向の難問だ。
「かわいい、とか」
「優しい、とか」
「あ、あぁ」
えーっと。
「ほんとに。ほんとにかわいい、です」
言った瞬間。
アリスさんは、ほんの少しだけ目を細めた。
「そっか!」
「うれしい」
普通に喜んでる。
よかった。
正解だったっぽい。
でも。
「じゃっ、わたしがんばらないと」
がんばる?
「ノアくんに」
「好きになってもらえるように」
頬をあからめる、アリスさん。
どきっ
ごめん。
マリアさん。
俺、この人好きになっちゃいそう。
そのとき。
窓の外。
風で、少しだけ揺れた。
一瞬。
アリスさんの視線が、窓に向いた。
ほんの一瞬だけ。
笑顔のまま。
でも。
目だけが。
温度を失っていた気がした。
(気のせいか?)
そう思った瞬間。
「ノアくん」
「ん?」
「もう一口、飲んでみて」
「はい」
飲む。
うまい。
さっきより、少し甘い。
なんでだ?
〜〜〜
その頃。
部屋の外。
誰かが、立っていた。
おぼろげなナニカ。
「……」
じっと、窓を見る。
動かない。
音も立てない。
ただ。
そこにいる。
〜〜〜
部屋の中。
アリスさんは、変わらず笑っている。
「ねぇ、ノアくん」
「はい?」
「今日さ」
「もし」
「ずっとここにいてもいいよって言ったら」
「どうする?」
どきっ
心なしか。
声が大人っぽい。
そ、その。
なんだか艶やか?
「え?」
「ふふっ。冗談だよ」
くすっと笑う。
「びっくりした?」
「し、しました」
「ふふっ」
アリスさんはお茶を飲む。
その仕草。
それは、やっぱりきれいだった。
でも。
さっきの“冗談”。
なんか。
少しだけ。引っかかった。
それに。
あ、あれ?
アリスさん?
む、胸。
ま、マリアさんより。
おっきい。
デカい。
な、なにしてんだ俺。
そ、そんな下衆な比較--
でも。
「ノアくん」
「どうかした?」
「い、いいえ」
くすりと笑う。
「もっと見てても」
「いいんだよ?」
!?!?
ごほっごほっ
思わず咳き込んでしまう。
「ノアくんになら」
「見られてもいいかな?」
あ、アリスさん!?
こうして俺は。
アリスさんの手のひらの上に、自ら転がされに行ったのであった。
ころころ。
ころころ。
と。
〜〜〜




