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「よいしょっ」
横に座る、アリスさん。
ふわり。
赤髪が揺れる。
い、いい匂い。
なんだこれ。なんだか花の香りがする。
って、俺。
花の匂い知らねぇんだった。
「きみ。名前は?」
「の、ノアっていいます。ちなみにこいつは」
ぎゅっ
いてっ
脇をつねられる。
見ると、スズメは首を横に振っている。
どうやら名前を言わないでほしいらしい。
仕方ねぇ。
ここは、合わせてやることにする。
「え、えーっと…その」
ここは適当に名前を言ってやる。
恨むなよ、スズメ。
「こここ。こいつは、アルル」
「性別は女です」
ぎゅっ
いてぇっ
偽名が不満だったらしい。
ちらっと顔を見ると、案の定の不満顔。
こ、こいつ。
ちょっとは淑やかさを持てよ。
最近。
ほんのちょっとだけ、かわいいとこあるな。
って思ってやってたんだぞ。
だが、そんな俺の不満を--
「素敵なお名前」
「ノアくんに、アルルちゃん」
「これからよろしくね」
アリスさんの温かで優しい声。
それが和らげてくれる。
素敵なお名前。
は、はじめて言われたぞ。
「そそそ。その」
「あ、アリスさんも。かわいくて素敵な名前だと思います」
「わぁ、ありがとう」
ぎゅっ
腕に身を寄せてくる。
あったかい。
マリアさんより、ずっと。
そ、それに。
な、なんだこの距離感。
俺。こ、この程度で。
好きになっちゃいますって。
「わっ。ご、ごめんなさい」
「こんなことしたら怒られちゃいますね」
すっと離れ。
「ノアくんの彼女さんに」
頬を赤らめ、心惜しそうな顔。
はい。惚れた。
彼女にしてぇ。
結婚してぇ。
家庭を築きてぇ。
アリスさん。好き。
「ノア」
「わたし帰る」
「お、おぉ」
「ノアは?」
「お、俺はその」
こっちを見る、アリスさん。
その可愛さ。
それに、俺は見惚れてしまう。
「も、もう少しだけここに居る」
それを言った時。
少しだけ、スズメの顔に陰が落ちた。
しかしすぐに元に戻る。
「そっ。なら、あの部屋のこと」
「ま、任せる」
「うん。わかった」
その一言だけ、少し遅れて返ってきた。
そしてスズメは立ち上がり、離れていく。
その姿。
それに。
「いいの? ノアくん」
「あの子のこと」
アリスさんの心配そうな声。
だが、俺は答える。
「だ、大丈夫です」
「アルルさんは、その。俺よりしっかりしてますから」
それはほんとのこと。
少し生意気。
だが、俺よりしっかりしているのは確か。
俺の返答。
それを聞き、アリスさんは感心する。
「そうなんだ」
「あんなにちっちゃいのに。えらい」
「ノアくんも見習わないと。だね」
にこっ。
は、はい。
おっしゃり通りです。
び、美人に言われたなんでもおっしゃる通りです。
アリスさんのお顔。
それを見つめながら、頬をかく。
か、かわいい。
「あっ、そうだ」
「ノアくん」
「今から時間あったりする?」
「あッ、あったりします!!」
即答。
だって休みだもん。
「やった」
「じゃっ、ちょっとお茶しない?」
くいっ。
と可愛く飲む仕草をする。
匂う、甘い香り。
正直、めちゃくちゃ可愛い。
ま、マリアさんとは違う身近なかわいさ。
で、でも。
"「ノアくん」"
"「これからもがんばってね」"
頬にキスをしてくれた、マリアさん。
そんなマリアさんを裏切るわけには--
「いこっ、ノアくん」
ぎゅっ
「いッ、行きましょう!!」
す、少しぐらいなら。
マリアさんも許してくれる。
よな?
こうして俺は。
アリスさんに引かれ、お茶へと誘われていったのであった。




