26
「じゃあ、今日はここまで」
終わりを告げる声。
それに、緊張の糸が切れる。
ぷつんっと。
同時に。
ヨミの声が響く。
その場にあぐらをかき。
「あんた」
「すげぇな」
「芯がしっかりしてる」
「こんな"新入り"はじめてだ」
それに応えてやる。
少し偉そうだが、目を瞑ろう。
「だろ?」
「それに。あんなに俺に壊されたってのに元気すぎ。なんかやってたの?」
「てめぇとは場数が違うんだよ」
瞬間。
俺を見るヨミの目。
それに好奇が宿る。
「へぇ。どんな場数を踏んできたんだ?」
「殺し? 拷問? 他にも色々?」
「実は俺。こう見えても、両手の指で収まらないくらいの場数を踏んでんだぜ?」
なに、こいつ。
遠慮なしに質問しすぎ。
友達気取りか?
うぜぇ。
「なぁ。教えてくれよ」
うるせぇ。
俺、てめぇのダチじゃねぇぞ?
女じゃねぇくせに。
俺に質問責めすんじゃねぇ。
質問するならな。
マリアさん並のお美しさになって出直してこいっての。
そう言おうとする。
だが、それを。
「ヨミ」
「しゃべりすぎ」
「ちょっとハイになってる?」
スズメが遮ってくれる。
俺の側に立って。
ヨミからの視線を遮る。
「今日はここまで」
「マリアさまはそう言ったの」
「聞こえてなかった?」
そうだぞ。
マリアさんはそう言って--
しかし。
「スズメ、どけよ」
ヨミは立ち上がる。
「俺は"ノア"と話をしてるんだ」
「どけって」
瞳孔が開いている。
あぁ、こいつ。
そっち系ね。
自分の世界。そこに入っちまったら--見境がなくなっちまう的なやつ?
ますますめんどくせぇ。
「どかない」
「は?」
「どかないったらどかない」
「あっそ。なら」
ヨミは再び懐からナイフを取り出す。
こいつ。
やべぇ。
ここにはやべぇやつしかいねぇのか?
お、俺も含めてだけど。
刹那。
「ヨミ」
「今日はここまで」
「理解る?」
みしり。
空間が軋む。
俺とスズメの前。
そこに身を置く、マリア。
顔は見えない。
だけど。
「理解る?」
「ヨミ」
「わたしの」
「言うこと」
声だけでわかる。
マリアさん。
ちょっとだけ不機嫌。
無機質な声。
それが一層。
「そのナイフ」
「なにに使うの?」
「もしかして」
みしっ
「ヤらないよね?」
怖く感じる。
からんっ
ナイフの落ちた音。
それが聞こえてくる。
そして見える、ヨミの姿。
「……っ」
歯が、かちかちと鳴っている。
言葉が出ない。
呼吸が、浅い。
ようにも見える。
足が――動かない。
まるで、見えない手で首を掴まれているみたいだ。
尋常じゃない震え。
顔に生気は無く、あるのは涙と汗。
それは、まるで。
断頭台を前にした、無実の囚人のよう。
それに。
「ヨミ。あやまって。あやまって。あやまって」
「はやく、はやく、はやく」
す、スズメ?
「ごめんなさいって」
「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさいって」
「マリアさまにあやまって」
おい。
しっかりしろ。
肩をゆする。
それにスズメな正気を取り戻す。
呼応し。
ヨミは、謝っていた。
「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」
と。
そして響く声。
「うん」
「いいよ」
それは、いつもの優しいマリアさんの声。
それに、俺は思う。
ま、マリアさん。
すげぇ優しい!
すげぇ、寛大!
謝ったらすぐに許してくれるなんて--
俺がガキの頃から思っていた、理想の大人。
そのものじゃん!
と。
本気で思ってしまったのであった。




