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〜〜〜
翌朝。
重たい音。
――ぎぃ……
扉が開く。
「行こっか、ノアくん」
隣で微笑むマリア。
その声はいつも通り優しい。
でも、その先に広がる空間は。
暗かった。
ただ、暗いだけじゃない。
“深い”。
底がないような、そんな黒。
「……」
一歩、踏み入れる。
その瞬間。
ぴちゃん
足元で音がした。
水?
いや、違う。
もっと粘ついたなにか。
「気にしなくていいよ」
マリアが言う。
「ここはね。少しだけ“形が曖昧”だから」
意味わかんねぇ。
でも。
「は、はい」
頷いてしまう。
~~~
一方、その頃。
扉の外。
「……」
スズメは壁にもたれ、じっと扉を見ていた。
その隣。
「なぁ。昨日はちょっと言い過ぎた。悪い」
声をかける、銀髪の少年。
「いいよ。慣れてるから」
言葉通りにその顔は普通。
「あのさ」
「なに?」
「中、入んねぇの? あいつ。スズメの友達なんだろ」
「入らない。だって、マリアさまが側にいるもん」
即答。
「それに」
「入ったら、マリアさまに怒られるかもしれないから」
「は?」
少年は眉をひそめる。
「意味わかんねぇ」
「わからなくていい」
短く返す。
沈黙。
そして。
「あいつさ」
少年がぽつりと呟く。
「俺を殴ったあのバカ」
「ノア?」
「あぁ」
頭をかく。
「なんであんな平気そうなんだよ」
「普通ビビるだろ」
「……」
スズメは少しだけ目を伏せた。
「ビビってるよ」
「え?」
「でもね」
ゆっくりと、言葉を選ぶ。
「あの人。痛いの慣れてるから」
「は?」
「怖いより先に、“慣れてる”が来るの」
少年は一瞬黙り込んだ。
「それ、やばくね?」
「やばいよ」
即答。
「だから、あの人はここにいるの」
「マリアさまにとって。都合がいいから」
「お前さ」
「なんでそんな普通に言えるんだよ」
「普通だから」
「普通ってなんだよ」
「ここでは普通」
淡々と。
「壊れてるほうが、普通」
沈黙。
重たい沈黙。
その時。
ごんッ
鈍い音。
扉の向こうから。
「おい」
少年の顔が引きつる。
「今の、なんだよ」
「始まった」
スズメが呟く。
~~~
再び、中。
「――ぁ」
声。
どこからともなく。
「――ぃ」
複数。
いや、“重なってる”。
一人じゃない。
「ねぇ」
マリアが囁く。
「聞こえる?」
「あ、はい」
普通に。
聞こえる。
でもそれが逆に、おかしい。
「ここにいるのはね」
「“残ってしまったもの”たち」
ぞくっ
「残ってしまった?」
「うん」
微笑む。
「壊されきれなかったり」
「壊れすぎちゃったり」
「中途半端になっちゃった子たち」
なんだそれ。
理解できない。
でも。
「ノアくん」
名前を呼ばれる。
それだけで、意識が戻る。
「君はどっちだと思う?」
「え?」
「壊れきれるタイプ?」
「それとも」
一歩、近づくマリア。
「壊れないタイプ?」
どくんっ
心臓が跳ねる。
その時。
ぐちゃっ
足元。
何かが掴んだ。
「……っ!?」
見る。
黒い手。
いや、“形だけ手のなにか”。
それが、足を掴んでいる。
「みつけた」
声。
すぐ近く。
いつの間にか。
目の前に、“いた”。
顔がない。
なのに、笑っているのがわかる。
「こわれないやつ」
「いいね」
「いいねいいねいいね」
来る。
「ノアくん」
マリアの声。
「大丈夫」
「ちょっとだけ、見せてあげて」
「君がどれくらい壊れないのか」
え?
その瞬間。
ぐしゃ
頭が潰れた。
「……っ!!」
でも。
「はっ」
再生。
すぐに。
すぐに元通り。
「あれ?」
“それ”が首を傾げる。
「こわれない」
「じゃあ」
「もっと」
ぐちゃ、ぐちゃ、ぐちゃ
繰り返される。
潰す。
壊す。
消す。
だが。
「無駄だっての」
笑う。
「俺、壊れねぇからな」
再生。
再生。
再生。
「……」
一瞬。
“それ”が止まる。
「つまらない」
ぽつりと呟いた。
「いたくないやつ」
「きらい」
その瞬間。
ぞわっ
空間が揺れる。
「みんな」
マリアの声が少しだけ低くなる。
「ちょっと、やりすぎかな。めっだよ」
ぱちん。
指を鳴らす。
それだけで。
黒い“それ”は、すっと消えた。
まるで最初からいなかったみたいに。
「すげぇ」
思わず呟く。
「ううん」
マリアが微笑む。
「すごいのはノアくんだよ」
「ちゃんと壊れなかった」
その目。
その視線。
それに射抜かれる。
「あ……」
やべぇ。
まただ。
この人に見られると。
「もっと見てみたいな」
小さく。
そう呟いたのを、俺は聞き逃さなかった。
~~~
扉の外。
がちゃ
開く音。
「おい!」
少年が振り向く。
「生きてんのか!?」
「うるせぇ」
出てきた俺は、普通に答える。
「死ぬわけねぇだろ」
「は?」
ぽかんとする少年。
スズメは、ただじっと俺を見ていた。
「ノア」
「なんだよ」
「大丈夫?」
「当たり前だろ」
笑ってやる。
「俺、最強だからな」
その言葉。
それを聞いて。
スズメはほんの一瞬だけ――“悲しそうな顔”をした。




