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「あんた、なに者だ」
「わたしは、マリア。とある研究所を任せてもらっています」
淡々とした声。瞳に光は無く、あるのは闇色。
表情は柔らかい。しかしどこか魅力的。
美人すぎ。大好き。
頬を赤らめていたであろう、俺。
名も知らぬ美女は、そんな俺に微笑んでくれる。
いつも向けられていた笑み。
馬鹿にし、ゴミに向けるような笑み。
それとは違う、温かい太陽のような笑み。
生まれてはじめて向けられたそんな笑みに、俺はもうダメだった。
「マリア?」
「聞いたことねぇ名前だな」
「はい。この名前も使い捨てですので」
「使い捨て?」
「はい。使い捨て」
連中を見る女の顔は笑っている。
確かに笑っては、"いる"。
しかしその目に光は無い。ただ対象を見ている。そんな眼差し。
そんな女の姿。
それに、連中は笑う。
「おかしな女だ」
「だが今の話が本当なら……こいつを売ってやってもいい」
買ってください。
いやほんと、お願いします。
「だがな。国家予算の数年分? んな、話。信じられるわけーー」
刹那。
「マリアさま」
「例のモノ。お持ちいたしました」
女の背後。
そこから声が響く。
現れる二人の黒に包まれた者。
その二人の手には、大きな麻袋。
「ありがとう」
「これは頭金です」
「受け取ってください」
どさっ。
と連中の前に落とされた麻袋。
その口からは、金貨の山が垣間見える。
す、すげぇ。
同時に俺は解放された。
荒々しく鎖を解かれ、背中を蹴られて。
そして、連中はげらげら笑いながら立ち去っていった。
その手に麻袋を持ち、そそくさと。
残されたのは。
「これからよろしくね」
そう言って微笑むマリアと。
無言を貫く二人。そして、俺。
しゃがみ、俺を見るマリアさん。
「あなたの名前は?」
なまえ?
あれ、なんだっけ?
思い出せない。
なまえ。名前。
なんだっけ?
「わからない?」
「なら、わたしがつけてあげよっか?」
少しだけ考えーー
「じゃあ、ノアにしよっか」
「は、はい」
にこり。
と笑う、マリア。
「ノアくん」
「改めてよろしくね」
マリアは頭を撫でてくれる。
その手つきはどこか慣れている。
しかし俺には充分だった。
あぁ。誰かに頭を撫でられたのっていつぶりだったかな。
いや。
んなことなかったかもしれない。
あったかもしれないが、覚えてなかったら同じことだ。
マリアは笑ってくれる。
その笑顔だけで、俺は決めた。
この人のためなら。
なんでもできる。
そう心に誓う。
ちょろいと笑われても構わない。
俺はこの人についていく。
それが。
俺が縋るしかない一本の生き方なのだから。




