12
閉じられる、扉。
部屋には、俺とマリアさんの二人だけ。
机の上。
そこには、砂時計。
静かだった。
砂の流れる音だけがやけに響く。
さらさら。さらさらと。
向かいに座る、マリアさん。
距離が近い。
近すぎる。
「緊張してる?」
「は、はい」
即答してしまう。
くすり、と笑う。
「大丈夫だよ」
「取って食べたりしないから」
いや、ちょっとしてほしいかもしれない。
取ったり。食べたり。
してほしいかも。
「ノアくん」
名前を呼ばれる。
それだけで背筋が伸びる。
「ひとつ。聞いてもいい?」
「な、なんでも」
少しだけ、間。
「どうして、あの村を壊さなかったの?」
あぁ、その話か。
「えっと」
頭をかく。
うまく言葉にできない。
「なんか」
「もったいないなって思って」
「もったいない?」
「はい」
うなずく。
「空気、うまかったし」
「子供、笑ってたし」
「普通に生きてる感じで」
少しだけ考えてから、続ける。
「俺、ああいうの。嫌いじゃないです」
静寂。
マリアはなにも言わない。
ただ、見ている。
じっと。じっと。
「そっか」
ようやく、口を開く。
「ノアくんは、優しいね」
どくんっ
胸が跳ねる。
「や、優しい……ですか?」
「うん」
「だから、ああいう選択をしたんだね」
褒められた。
嬉しい。
めちゃくちゃ嬉しい。
「でもね」
その一言で空気が変わる。
「優しさって」
少しだけ首を傾げる。
「時々。すごく非効率なんだよ」
え?
「今回みたいに」
テーブルの上に指を置く。
とん、と軽く叩く。
「本当なら。対象だけ回収して、周りは排除した方が……ずっと早くて確実だった」
あぁ。
「でも」
視線が合う。
「ノアくんは、それを選ばなかった。でも、スズメはそれを選ぼうとした」
「それってとても面白い」
面白い?
「わたしにとってはね」
にこり、と笑う。
「だからね」
身体を少し乗り出してくる。
「今回のノアくんの行動。とっても価値があったよ」
価値。
「か、価値」
「うん」
「ちゃんと“観測”できたから」
観測。
その言葉。
なぜか、嫌じゃなかった。
むしろ。
「俺、役に立てましたか?」
自然と口に出ていた。
「うん」
即答。
「とっても」
あぁ。よかった。
「ノアくん」
また、名前を呼ばれる。
「次はね」
「違う選択も、見せてほしいな」
違う選択?
「例えば」
「大事なものを守るために」
「他を切り捨てる選択とか?」
心臓が少しだけ重くなる。
でも、なぜか心地よい。
「もし、それもできたら」
「もっといいご褒美。あげるね」
あぁ。
それで、全部どうでもよくなった。
「やります」
即答。
「なんでもやります」
マリアさんが望むなら。
「うん」
満足そうに頷く。
「いい子」
頭に触れる手。
その瞬間。
俺は確信した。
この人の為なら。
なにを捨ててもいい。
そう、確信したのであった。
その時。
俺は聞いたような気がした。
遠くから響く、人々の叫び。
ーーさっきの村の方角から。
それをおぼろげに。
俺は、聞こうとした。
しかし、眼前のマリアさんの笑顔に俺の言葉は飲み込まれる。
同時に。
「気になる?」
「なら、また今度」
「あの村に行ってみよっか?」
優しい声。
「ノアくんとわたし。二人きりでーー"手を合わせに"」
笑ってくれる、マリアさん。
その顔。
それに俺は、静かに頷くことしかできなかった。




