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「なぁ」
「この道で合ってんのか?」
前を進む、小さな背中。
それに問いかける。
だが、返事はない。
「なぁって!!」
「うるさいですね。黙ってついてきてください」
立ち止まり、いらつくスズメ。
「あなたと違ってわたしはしっかりしていますので」
「それを聞いて安心した」
安堵。
「ほら。はやく行こうぜ」
「ったく。あなたという人は」
〜〜〜
村に着いた。
風がやけにやさしい。
土の匂いがする。
草が揺れる音がする。
遠くで、子供の笑い声が聞こえる。
「なんだここ」
思わず、口から漏れた。
小さな村。
煙が立ち上る家。
畑を耕す大人。
走り回る子供。
どこにでもある、普通の光景。
「ここが。任務の場所か?」
隣を見る。
スズメは、いつも通りだった。
無表情。無感情。
ただ前だけを見ている。
「そうです」
短い返答。
「対象はこの村に居ます」
「ほんとかよ」
疑いの声。
だってそうだろ。
こんな場所に、あの“天国”から逃げた奴がいるなんて。
「ノア」
スズメが、わずかにこちらを見る。
「任務中です」
「私語は控えてください」
冷たい声。
「いや、わかってるって」
頭をかく。
だが、どうにも落ち着かない。
「なぁ」
「なんですか」
「ここ。いい場所だな」
ぽつりと呟く。
風が気持ちいい。
空気がうまい。
人も、普通に笑ってる。
ここも天国に見えてしまう。
「そうですね」
意外にも、肯定。
だがその直後。
「ですが。それがなんですか?」
すぐに切り替わる。
「任務には関係ありません」
やっぱり、こいつおかしい。
いや。俺が変なのか?
「おーい!」
声が飛んできた。
顔を上げる。
畑の方から、ひとりの男が歩いてくる。
日に焼けた顔。
鍛えられた身体。
でも、その目はやさしい。
「見ない顔だな。旅人か?」
気さくな声。
俺は一瞬、言葉に詰まる。
「あー……」
どう答えたもんか。
その時。
「あなたを回収しに来ました」
スズメ。
おい。
空気が、止まる。
男は一瞬きょとんとして——
それから、苦笑した。
「はは……なに言ってるんだ?」
当然の反応。
だが、スズメは続ける。
「あなたがマリアさまから逃亡したヒト」
「従ってください」
一切の迷いもなく。
男の目が、わずかに細くなる。
空気が変わる。
「なるほどな」
低く、呟く。
さっきまでの柔らかさが、消える。
「断る」
はっきりと。
「ここが、俺の居場所だ」
振り返る、男。
その先には。
「おじちゃんー!」
子供たちが走ってくる。
無邪気な笑顔。
男はその頭を、自然に撫でた。
「な?」
こっちを見る。
「普通に生きてるだけだろ」
「普通に生きたいと思っただけだ」
その言葉。
なぜか、胸の奥がざわつく。
「ノア」
スズメの声。
振り向く。
「どうしますか?」
その目。
光が、ない。
「対象は確認済み」
「回収可能」
「障害。多数」
さらっと、とんでもないことを言う。
「は?」
「排除も視野に入れます」
空気が変わる。
遠くで笑っていた子供の声。
それがやけに耳につく。
「待て」
思わず手を出す。
「こいつらは関係ねぇだろ」
「関係あります」
即答。
「対象がここに留まる要因です」
「だから排除?」
「はい」
「逃げた理由、その詳細も聞かずにか?」
「えぇ」
一切の迷いもなく。
風が吹く。
やけに冷たく感じた。
「ノア」
もう一度、名前を呼ばれる。
「どちらを選びますか?」
「排除か。男のみの捕獲か」
選択。
突きつけられる。
視線の先。
笑ってる子供。
それを見ている男。
そして。
頭に浮かぶのは、ひとつだけ。
『がんばってね』
あの笑顔。
「……」
どうする、俺。
どうすんだよ。




