7 噂
学園で広まり始めた噂。
それは
「本物の第三皇子が、密かに帰国している」
というものだった。
第三皇子は、現在も行方しれずのままである。
ブランシュさんは4年前、その時第三皇子の座におさまっていた者が「偽物である」と見抜いたのだ。
しかし、皇子の入れ替わりを見抜いた後、本当の第三皇子の行方まではわからなかった。
事実としてニュースを見ただけの私には、どう見破ったのかなどの情報は知らされてないので具体的なことは語れないのだが……当時の国家的ニュースにもなったこの事件の概要は以下の通りであった。
第三皇子 フランチェスコ・マジェトーレ、当時17歳だった彼は魔法学園に通い優秀な成績を収めていた。
しかし学園見学に来ていた当時14歳のアリア・ブランシュ子爵令嬢が、彼と彼の血族であるはずの第二皇子 アルバーン・マジェトーレが並び立つところを見た際に違和感を覚え、その詳細を報告。
その後、数々の検査により、第三皇子 フランチェスコ・マジェトーレは、そもそも皇族の血族ではなく、生まれた時にすり替わっていたということが発覚した。
皇族最大のスキャンダル。17年間誰も彼が本物だと疑わなかったのは、その優秀さと、確かに17年間与えられた教育が品格を磨いたためだろう。
入れ替わりだけだったら、フランチェスコも被害者として国民から同情されただろう。
しかし、入れ替わりの事実が発覚した後、フランチェスコが他国の貴族と繋がりを持っており、さらに彼の私財が他国に流出していたことが発覚した。
そして彼本人も、意図して協力していたと証言してしまった。
流出していたのはお金だけではなく、国家機密も含まれるかもしれない。
フランチェスコは一夜にして、大罪人となった。
当然、戸籍剥奪、国外追放。他にも何か罰はあったかもしれないが、とにかく命を奪うまではしなかったようで、決着はついた。
本当の第三皇子は、フランチェスコがやりとりしていた外国にいるのか、あるいはもう殺されているのか……。追放された後はそんな話題が国中を支配していた。
あの頃から4年経った今でも捜索は続いているらしいが、大きな進展はない。
しかし、今この時期、学園を中心として噂が広まりつつある。
その出所はきっと、ブランシュさんだろう。
子爵令嬢にも関わらず、件の功績によって皇室と密な繋がりを得た彼女は、下手な著名人よりも注目されている傾向にある。
それは生徒からの憧れというだけではなく、国民的報道局からもだ。
そして、さまざまな身分の魔法師見習いが集まるこの学園では、親が仕入れた情報でニュースやゴシップが飛び交う。
誰かが言ったのだろう。
アリア・ブランシュが秘密裏に接触している人物が、国家の要人なのでは。
国家の要人? それってもしかして、いなくなった第三皇子だったりしない?
今度は本物かどうかの確認をするためにアリアさんが呼ばれたのかも。
きっとそうに違いないわ。
……といった感じで。
「ねえアリア実際のところどうなの!?」
ヒソヒソ声で広まっていた噂話は、教室の中で大々的に発言を許される程度には公然の認知となっていた。
ブランシュさんも面倒くさそうに眉を顰めつつも「そのことね……」と半ば諦めたように呟いている。
クラス中の視線と耳がブランシュさんに向かう中、パンパンと手を叩く音が中断させた。
「席につきなさい。出所不明の噂話より、君たちに必要なのは適正魔法検査だろう。今から詳細を配るからな」
担任とされる教師が手元の紙束をふわりと浮かせれば、座席の前の机に綺麗に配られた。
「自分の受ける試験科目と、実施される教室の場所、試験開始時間および試験期間がそこに載っている。遅刻は大幅減点になるため、当日は忘れないように。自分がどの科目を選択したのか定かでない者は改めて聞きに来るように。何か質問は」
適正魔法検査は、明日から始まる。
私は結局土魔法検査を選んだので、二日間、朝の10時から温室横の教室に行かねばならない。
「特にないようなら今日はこれで解散だ。さっさと帰って試験勉強をしなさい」
先生はダメ押しでそう言い残し教室を去ったけれど、みんな聞く耳を持たずにブランシュさんへ直行した。
「それでそれで、真相は!?」
「だから、真相も何も私から言えることは何もないわ。だいたいどこからそんな噂が立ったのよ」
「だってアリアさんは皇族と定期的に会ってるんだろう?」
「たかが子爵家の私がなんで皇族と会う必要があるのよ」
「そりゃ4年前の事件があったから──」
かくいう私も、ちょっと気になるので席に座ったまま耳を傾けている。
ブランシュさんの大きなため息が聞こえた。
「あのね、私はきっかけを作っただけ。遅かれ早かれ偽物はバレていたわよ。第三皇子の母君はこの国の人じゃなかったのに、その特徴を完全に消していたのだから」
この国のお方じゃない……?
私が驚いたのと同時に、クラスでもざわっと声が上がった。
ふとブランシュさんを見ると、彼女のいつも堂々とした表情とはうってかわって「しまった」と言わんばかりに焦りを見せていた。
「第三皇子の母君って第三皇妃だよね。外国の方なんて初耳」
「確かにいつも姿を見せるのは正妃様だけだもんね」
「あ、でもたしか第二皇女が銀髪なんだっけ。見たことないから噂だけどさ」
銀髪……。
ふと、フレデリクさんの顔が浮かんだ。
いやいやいやいや、まさかまさか。
あんなにボコボコにされてたのに。そもそも、魔力もないお方なのに。
たまたま髪色の特徴が近しいだけで、不思議な予感が湧き上がってしまったが、頭をブンブンと振って取りやめた。
でも、父親の手がかりをもらって、探しに来た……みたいなこと言ってなかったっけ……。
いやいやいや、その父親がまさかこの国の皇帝様だなんて話があるわけないんだから。
私は再び頭をブンブンと振る。
あいにくブランシュさんが注目を浴びているので、教室の隅で一人挙動不審な私を訝しげに見る人は誰もいなかった。
「とにかく、私は知らないから。もし会ってたとしても、国家機密レベルのことを話すことはないわ。だから変な詮索はしないでちょうだい」
言い切ったブランシュさんは勢いよく髪をたなびかせて踵を返し、さっさと歩いていってしまう。
複数のご友人が「待ってよ〜」と彼女を追いかけ、その足音が遠ざかると、やがてクラスのみんなも口々に噂をしながら教室を後にした。
すっかり静かになった中で、私はようやく席を立つ。
───ブランシュさんは知らない、と言い切っていたけれど、「皇族の方と会っていない」とは言わなかった。
つまり、ブランシュさんが皇族の方々と密会している様子は事実だった可能性が高い。
そのお相手が本当の第三皇子かどうかはわからないけれど、何かが動いている、というのは真実だろう。
「いけない、明日は試験……」
呟いて頭を切り替えようとするけれど、帰路の中でも私は浮かんでしまった一つの可能性に心が支配されてしまっていた。
フレデリクさんの正体が、今回の噂に関わっているのではないのか、と。
「おかえりアリア」
「あ、フレデリクさん……ただいまです」
今日もてっきりお父さんの職場のお手伝いに行っているのかと思ったけれど、彼は新聞を手に窓辺に椅子を置いて夕風を浴びていた。
「そういえば明日から試験じゃなかったっけ?」
「あ、うん。なんで知ってるの?」
「これに書いてたから」
と、手にしている新聞を指差す。
試験期間は部外者による魔法学園の出入りが固く禁じられているので、試験前から試験終了まで新聞にその旨が記載されるのだ。
「アリアは試験どれくらいかかるの?」
「二日間だよ」
「そっか、意外と早く終わるんだ。でもまあ、ちょうどいいか」
「?」
フレデリクさんは椅子から立ち上がり、新聞を椅子の上にぽんと置いた。
窓の外を見ながら、言う。
「俺明日からしばらく用事あるから、ここには戻らない」
「……え?」
「いつ帰るかも未定。親父さんとアリアには本当にお世話になったよ。必ず改めてお礼はするから、その日までお別れな」
「え? え?」
「アリアの実力で試験は突破できるから、自信持てよ。それじゃあ」
困惑する私を置いて、フレデリクさんは私の横を通り過ぎていく。
「俺が出たら鍵閉めろよ」
まるでちょっと買い物に行くかのような口ぶりで、振り返った時には玄関扉が閉じた瞬間だった。
「お、お父さんには伝えたのかな……」
感情が追いつかない中、ふと呟いたのはそんな何気ない疑問だった。




