4 絶好調
「もう一度、石を浮かす方法について考えてみようか。アリアは今外的作用による解決を考えているよね」
「何かをしなくちゃいけない、ということは外側からの刺激が必要なのかなって思って……」
「その発想を一度置いておいて、別の視点を持ってみて」
フレデリクさんは課題に使う石を片手で持って、ぽんぽんと上に跳ねさせる。
「結構重いね」
「そうなんですよね」
立派な重しになるくらいの石。この石を動かすには力がなくちゃいけない。
うーんと悩む私の隣で、フレデリクさんが「これって捨ててもいいやつ?」と、机の上に無造作に置かれている裏紙利用していた一枚をひらひらさせて尋ねてきた。
「はい、捨てるので」
「じゃあこうやって……」
フレデリクさんはくしゃくしゃと紙を丸めた。
大きさは石くらいの丸。
石と紙を持って、私の左手と右手にそれぞれ置いた。
「これならどっちの方が浮かせやすいかな」
「…………あ!!」
ここまでしてもらって、私はやっとフレデリクさんの意図に気がついた。
「石そのものを軽くすればいいんだ!」
回路がつながったような感覚に、思わず声が大きくなる。私の答えを聞いて、フレデリクさんはニッと葉を見せて笑ってくれる。
「外からじゃなくて、内側の方からの変化を考えるのも問題解決の一種だよ。これで浮かせる算段はついたね?」
「はい! ちょうど先週構成組織に変化を与える魔法陣も教わったのでそれを使えば、重さを変えるのは一番簡単なので出来ます」
「よし。じゃあ次にヒビを入れる方法を考えよう。ここまできたら、完全に割っちゃってもいいね」
「構成組織が変わるんだったら割れやすい変化も一緒に組み込んでしまってもいいのかも。そしたら浮かせた時に、少しの衝撃で実現できそう!」
一つの閃きのおかげで、一気に答えへの道筋が見える。
ワクワクした気持ちで調べる手も止まらない。
そしてそんな私を、フレデリクさんは隣で見守ってくれている。
私が「これはどうかな?」と聞けば、間違っていそうな時は否定することなく別の解法へのヒントを教えてくれて、正解している時は「よくわかったね」と満面の笑みをくれる。
ああ、きっと伯爵家でもこうして良い先生をしてくれていたんだろうな、と実感する。
「発動が遅いものから陣に書き込まなくちゃいけないから、石に衝撃を与える旋風を起こす魔法を描いて、次に浮かせるための上昇気流を起こす熱魔法、そして最後に石の構成組織を軽くするために、土魔法の授業で習った、砂にする魔法と組み合わせて描けば……できた!」
きっと私一人じゃ辿り着けなかった模様が、指定された枠の中に描かれる。
いつも描く魔法陣よりも、ずっと大人びて、万華鏡のような美しさを持っている気がした。
「実践するのは明日なんだっけ?」
「はい。まだ私は外で魔法を発動させてはいけないので」
「あれ? だったら料理とか家事もできないんじゃ?」
「いえ、家具は魔法器具として国から許可がおりてるものですから、対象年齢以上であれば誰でも使えるんです。せいぜい魔力は私の手を介して送るだけなので、特殊なことをするわけではありませんからね」
「ふうん。そうなんだ。……でも、俺みたいな魔力ナシは、その魔力を送る行為すらできないから結局使えないってわけね」
「あ……」
受け流すにはもう遅いくらいの間を取ってしまい、上手い反応ができないまま会話が終わった。
魔力がない人がこの国で暮らすことの難しさは、まさにこの魔法器具にあって……そんなセンシティブな内容を軽口であしらうことは私の会話スキル上難しかった。
言い淀んで表情を固まらせる私に、フレデリクさんは揶揄うような表情で微笑んだ。
「お世話になる間、ご馳走できなくてごめんね。代わりに美味しいご飯を楽しみにしてます」
さすがに図々しい? なんて彼は首を傾げて、私は思わず破顔した。
「お料理は少しだけ自信ありますから」
ああ、学園でもこうして笑顔になれたら、もっと楽しいだろうに。
明日のお昼もフレデリクさんと一緒にいられたらいいのになあ。そんなことをつい考えてしまうのだった。
***
「では宿題の結果を見るため、一人ずつ壇上で実践していきましょう」
総合魔法応用学の授業が始まった。各自ノートを机の上に置き、先生の点呼を待つ。
『直径約10cmの石を浮かせ、その上でヒビを入れるための魔法陣を、一辺10cmの正方形の中に自由に描きなさい。浮かせる高さについては、目視が可能であれば上限は問わない。』
この課題に対するアプローチの仕方は様々だった。
そして割と多くの生徒が魔法陣を発動できたとしても、課題クリアには至らなかったりした。
家で実践できないため、想定よりも威力が下回った結果になってしまったのだ。
風魔法で浮かそうという発想がやはり一番多く、私もフレデリクさんに教わらなければ同じように肩を落として席に戻ったことだろう。
「次、アリア・ネーロ」
「はい!」
駆け降りて、壇上に登り、先生の前でノートを開く。
昨日描いた魔法陣を、まず先生が目視で確認する。先生は「ほお」と感嘆の声を漏らした。
その反応がどういったものなのか分からずドキドキしながら、「それでは発動させましょう」という声に従って、私は課題用の石を魔法陣の上に乗せた後、魔法陣の外側からドームを包み込むように手を添えて自分の魔力を流し込んだ。
ノートに描かれた陣が光り、石に変化が訪れる。
色味が変わったあとにフワリと浮き上がると、次に発動された鋭い風魔法の衝撃で、真ん中からパカンと割れた。
割れた石……だったものは、すっかり風化したかのように砂になってさらさらとノートの上に広がった。
───予想通りにできた!
「ヒビを入れるだけでよかったのに割っちゃうなんてねえ」
喜ぶ私の隣で、先生がぼやく。
も、もしかして課題違反……!? と冷や汗が流れてしまう。
しかし、先生と目が合うと、先生はニコリと目を細めてくれた。
「滞りなく条件を発動させましたし、これは当然合格でしょう。よくできましたねネーロさん」
「……!! ありがとうございます!」
「発想はもちろんですが、綺麗に発動させるための魔法陣の描写力も丁寧で好感が持てました。それに、特別難しい魔法ではなく、過去に学んだものからの引用だったのも高ポイントですね。次も期待してます」
「はい……!」
先生の講評を聞き、教室でも少しざわめきが起きた。
いつもは感じない視線に、くすぐったさを覚えて思わず俯きたくなる。
……けれど、こういう時、アリア・ブランシュさんだったら……。
先生の高評価を受けても、それが当然であると言わんばかりに胸を張って、席に戻ったら友人たちからの「すごいねえ」という褒め言葉にも笑顔で受け答えしていた。
私も、彼女みたいに、ブランシュさんのように、せめて俯くのはやめておこう。
フレデリクさんが与えてくれたこの機会を、当たり前にするためにも。同じアリアの名を持つ彼女に近づくためにも。
一回大きく深呼吸して、顔を上げた。
ただそれだけだけど、いつもの教室の天井がずっと高く、心地の良いものに感じられた気がした。
宿題がうまく行ったおかげか、このあとの他の授業でも私は絶好調だった。
火魔法基礎の授業では前回の失敗を大いに反省して魔力量の調節に成功し、等間隔に置かれた蝋燭に灯す訓練でなんとか成功を収めた。
あの角度のきついメガネをかけた先生も、メガネの向こうで優しい笑顔を浮かべてくれて嬉しかった。
土魔法基礎の授業での実習も、前回植えた植物に芽が生えたみたいで経過は良好であった。
成長促進のための肥料作りも、今日は手際よくできた。クラスで3番目に早く完成できてニヤつく顔も抑えられそうになかった。
「この肥料は今後の成長に大きく反映される。今作ったものが正しく配合されたものかどうかは、成長した植物の見た目でわかるから、撒く前に今一度確認しろよ。まっすぐ育てば成功、多少のうねりは仕方がないが、極度に曲がったりしたらまた1からやり直しだ。隣の苗に巻き付く恐れがあるからな」
実習に最適な植物、ということもあって、これは成長がとても早い。
1週間であっという間に人間の身長くらいには伸びる。
ドラゴンの餌として有名なものなのだが、高く育てば育つほど優れた個体になるらしい。実は育ち切った後頂点に生る。
高く飛べる成熟したドラゴンが好んで食べるため、良いドラゴンは高く飛び、良い植物はより高いところに実る。そういう象徴なのだ。
「肥料を撒いたら、自分の名前を書いたプレートを差しなさい。それが終わり次第今日は解散だ」
私は作った肥料をサラサラと撒いた。
配られたプレートには「アリア」と書き込む。しっかりと自分の区画の真ん中正面に突き刺して、立ち上がり、服についた砂や土を払った。
きっとこれなら上手くいく。素敵に真っ直ぐ育った自分の植物を想像して、愛おしく芽を見つめた。




