18 正体
我ながら、意味深な誘いをしてしまったものだと反省している。
二人きりになるまでフレデリクさんは楽しそうにくつくつと笑い続けていた。そろそろ私を揶揄っているんじゃないかと思う長さになったので「笑わないでください」と眉を吊り上げて言ったら、ようやく治めてくれた。
お父さんのいる場所だと聞きづらい内容だったから、先ほどフレデリクさんが買ってきてくれたお土産をバスケットに入れて、フレデリクさんの住む上の階へ向かう。
「変なことするなよー!」
というお父さんの声が階下から聞こえてくるけれど、その声はアパートの全部屋に筒抜けなんだから、本当にやめて! という思いも込めて、私は人差し指を唇の前に立てて抗議した。
またフレデリクさんが声をあげて笑った。
パタンと扉が閉じられる。
前に来た時よりも家具が少しだけ増えて、フレデリクさんが住んでいる場所だという実感が増した。
ちょっとだけ緊張する……。
「好きなところ座って」
フレデリクさんにそう言ってもらったので、白い一人掛けのソファに腰を下ろし、隣にある丸いサイドテーブルの上にバスケットを置いた。
フレデリクさんは木の丸椅子を持ってきて、私の前に座った。
「それで、大事な話って?」
すっかり落ち着いたフレデリクさんの声は、いつもよりも掠れて少し低い。
窓から夕方の微風が漂うのを感じて、私は窓際の方に立ち上がって向かった。
外に声が漏れないように、しっかり窓を閉める。
「フレデリクさん、正直に答えて欲しいです」
振り返って、一歩一歩フレデリクさんの方へ近づく。
「フレデリクさんは、フランチェスコ・マジェートレだったんですか?」
まっすぐ誤解がないように、その名前を告げる。
フレデリクさんの動きが止まって、私の顔をじっと見つめたままになる。その目をそらさず、私も強張ったまま返答を待った。
「……誰から聞いたの?」
「フランチェスコさんのことは、ナダルさんやブランシュさんから。でも、今の質問は私が勝手に予想しただけです」
「そっか。アリアは鋭いね」
フレデリクさんはふっと微笑んだ。
「うん。俺はフランチェスコ・マジェトーレだったよ。この国で第三皇子として育った」
私を安心させるかのような声色で、ゆっくりと、しかし確かに、フレデリクさんは真実を口にした。
「本当の名前はフレデリク。姓はない。海の向こうで生まれたけど、物心つく前にすり替えられたんだ」
淡々と言い切って、私がなんと返せばいいか悩んでいると、フレデリクさんはさっきまで私が座っていたソファをぽんぽんと叩いてこちらを見ていた。
促されるまま、私はもう一度そこに腰掛けた。
「びっくりした?」
「……予想していたとはいえ、現実味がなくて……。あ、でも」
フレデリクさんは本当にフランチェスコだった。
しかし
「フランチェスコさんは4年前、学園でも優秀な学生だったって聞きました。つまり、魔法が使えたってことですよね? でも、フレデリクさんは魔法が使えない……」
フレデリクさんが魔法に長けていたならば、その正体に悩むこともなかった。
疑問を投げかけると、フレデリクさんはそのまま答えを紡ぐ。
「フランチェスコは偽物とばれて、国外追放になった、それは知っているよね?」
「はい」
「その時課された罰は身分剥奪・追放の他に、もう一つあったんだ。なんだと思う?」
まるで、いつも勉強を教えてくれる時みたいな問いかけ。
私はうーんと少し悩む。
かつて魔法を使えたフランチェスコ。今は魔法を使えないフレデリクさん。そのまま繋げてみると……。
「魔法を、奪われた?」
やり方はわからないけれど、それができる方法を国のトップならば知っているのかもしれない。
私の答えにフレデリクさんが頷く。
「正解は、魔法を封印した。俺の魔法は、俺の中に閉じ込められることになった。魔法が使えなければこの国では生きていくのが難しいだろう? 帰ってきても意味がないように、処理されたんだよね」
実際、暴言と暴力を受けたフレデリクさんを思い出して胸が痛くなる。そんな私の頭をぽんぽんと優しく撫でて、フレデリクさんが続けた。
「でもね、おかげで得をしたこともあったんだよ」
「得……?」
「うん。魔法が俺の中に閉じ込められたことで、体内における魔法の効力がずっと大きくなったんだ。おかげで、怪我や病気の治りが尋常じゃなく早まったんだ」
「あ……!!」
思い当たる節がある。
それこそ、私たちが出会ったあの日の怪我は、こんなに早く治るものじゃなかったはずだ。
でも、目の前のフレデリクさんは、怪我なんて全くなかったかのように、傷ひとつなく綺麗なままだ。
「不思議に思ってたんです。薬が効くにしても、効きすぎだなって」
「こういうカラクリだったんだよね」
フレデリクさんはドヤ顔チックに胸を張る。
私を不安にさせないためか、さっきからずっと穏やかで明るい空気を保ってくれている。
一つの疑問が解消されて、私もだんだん緊張感がほぐれてきたように感じた。
「フレデリクさん」
一呼吸おいて、姿勢を正す。
「今私が知っていることは全部話します。だから、フレデリクさんの目的や問題を、できる範囲で共有してくれないでしょうか」
「でも、知ったら巻き込んじゃうよ?」
「いいんです。もう、巻き込まれているようなものだし。……でも、そんなこと以上に」
どうして私がここまで首を突っ込むのか、改めて言葉にする。
「フレデリクさんの力になりたいんです。フレデリクさんが、大事なので」
彼の手を握る。
心からの言葉なのだと、この手から伝わればいいのにと願って。
「……ありがとう」
か細い声が耳に届き、私はもう一度、フレデリクさんと目を合わせる。
さっきよりも近い距離で目があう。
フレデリクさんの表情は、今までにない寂しさを帯びていた。それでいて、縋るような、安心したような、ゆれた瞳に思わず私の胸がぎゅっと苦しくなる。
触れている手を引き寄せてしまいそうになるけれど、フレデリクさんの続く言葉を待った。
「俺はね、さっきも言ったように海の向こうの国で生まれて、多分1歳にもならないうちにすり替えられたんだ」
手を握ったまま、フレデリクさんは語り始めた。
「当然最初は皇室のみんなを本当の家族だと思って過ごしてた。けれど俺が10歳になったくらいかな……国の重役である男性が、個人的に話がしたいって俺を呼び出した」
あの時のことはよく覚えてる、と無表情にフレデリクさんは呟いた。
「その男から、俺の本当の母親の存在を知らされた。そして、これから出す条件に頷かなければ、本当の母親の命はないと脅された」
「そんな……!」
フレデリクさんが強く私の手を握る。
「嘘だと思いたかったけれど、男はさまざまな証拠を持ち出して俺が皇室の人間じゃないことを証明した。無駄に頭が良かった俺は、その事実を受け入れざるを得なかった」
フランチェスコはとても優秀だった。無邪気に振る舞うことも少なかったのだろう。
『あなたの正体を秘密にする代わりに、我々の要求通りのものを送ってくれればよろしいのです。難しいことはありません。しかし裏切ればあなたの本当の母親の命は、おわかりですね?』
当時の男は、10歳のフレデリクさんにそう優しい声で提案したのだという。
証拠の中に、本当の母親の姿を写したものがあった。知ってしまったからには、もしもこの要求を断ることがあればその命が絶たれてしまうという事実に、押しつぶされそうになった。
「………でも、フレデリクさんは結局バレてしまいましたよね……? それじゃあ、お母様は……」
私は、恐ろしい想像をした。
けれど、フレデリクさんは微笑んで答える。
「その点は心配しないで。今も生きてるし、追放されてすぐ再会できたから」
私の憂いをフレデリクさんは瞬時にはらしてくれた。ホッとするけれど、フレデリクさんは「だけどね」と続ける。
「やっぱりこれだけの事件に関わったせいか、母さんはすっかり怯えてしまって家から出られない状況なんだ」
フレデリクさんの眉間に皺が寄る。
「お母様は、祖国のおうちに?」
「うん。ありがたいことに元々世話をしてくれている人がいるから、今も任せてる」
「……どうして、そこまで怯えることになったんだろう……。そもそも、なぜフレデリクさんが誘拐されなくちゃいけなかったんですか?」
話を聞いて、思い浮かんだ疑問を口にすると、フレデリクさんは首を横に振った。
「俺も、それはわからなかった。俺が知っているのは、自分が偽物の第三皇子として育てられ、利用されたこと。利用してきた人たちがどんな陰謀を企んでいたのかも知らない。一応、その件については俺が追放されると同時に解決したんだろうけれど」
渦中の人間だったのに、フレデリクさんは部外者として扱われたんだ。
「俺は、母さんの憂いを晴らしたい。そのためにも、なんで俺が狙われたのか、俺の正体はなんだったのか、それを知りたいんだ」
フレデリクさんの真意が届いた気がした。
「アリア、一緒に考えてくれる?」
私の答えは決まっていた。
「もちろんですよ! つきとめましょう。フレデリクさんの真実を」




