17 初恋のあなた
アリア・ネーロの名をはじめて知ったのは、クラス表が掲示された入学式の日。ただ、同じ名前の人がいるな、と思った。
本当にそれだけ。
それ以降、私の視界に入ることはほとんどなかったけれど、1年が経って彼女の授業の取り方からペルフェッタを目指す生徒の一人ではないかと目星をつけて、再び気に掛けた。
けれど、それにしてはお粗末な有様で、私の敵になりそうにないと判断してまた意識の外に放り出した。
名前が同じというだけで、妙な言いがかりをつけられた時には「そういえば同じ名前だったな」と思い出す程度の存在だった。
……ナダル・マジェトーレと親交が深くなるまでは。
私は昔から優秀な部類の人間だった。
人を魔力の質で見分けることができるという特別な目も持っていたし、大抵のことは一度学べばすぐに身につけられるほどの地頭の良さも自覚していた。
社交的である方が生きやすいことも早いうちから理解していたから、友人だって多かった。
でもそんな私、アリア・ブランシュでも、ミスは犯す。
元第三皇子、フランチェスコ・マジェトーレの正体を見破ってしまったことだ。
そのこと自体は、国中から称賛されるほどの偉業だった。
それは誇らしい。
けれども、私はそれによって、フランチェスコ・マジェトーレ本人を失うことになってしまった。
彼との親交は多くなかった。
けれど確かに、数度顔を合わせて話をして、そして確かに恋をした。
「私、この学園に入学して絶対にペルフェッタになります。そしたらフランチェスコ様ともっと仲良くなれるでしょう?」
そう告げた時にはもう、フランチェスコが偽物であるということは確定していたのに。
私は、お上の方々が私の発言で混乱に陥っているとはつゆ知らず、学園見学の機会にかこつけてフランチェスコ様に会いに行った。
そして彼も、私のそんな発言にやわらかく微笑んで
「うん、楽しみにしているね」
と言ってくれた。
きっと、そんな未来は訪れないと確信していたはずだ。
ああ、愚かで腹ただしい。4年前の私。
その後悔がずっと楔として胸に突き刺さっている。
ナダル様に私の思いと目的を一蹴された時、恥ずかしさと苛立ちで顔が熱くなった。でも、くだらないと言われても仕方ないことだとも思う。
ここまできたら意地だ。
そしてこの思いを貫き通すことが、今の私の誇りにつながると思っている。
だから私の道の邪魔はさせない。3席しかないペルフェッタの座に就くのはこの私。
そう決意を新たにしたからなのだろうか。
今日はいつもよりも焦燥感にかられていた。でも、悪いことではなかった。
授業も必要以上に熱が入る気がした。ドラゴン育成論の実習授業では最高難易度の飛竜の上に乗ることを許された。
空を飛び、広大な学園の敷地が一望できた時、ふと見えたの。
授業時間、使われていないはずの大講堂の近くに、一つの人影があって、直感的に既視感を覚えた。
特別な力は薄れてしまった。だから、確信はできないのだけれど、今見た人は、もしかして? と。
授業が終わってすぐ、私は大講堂の方へ走った。
大講堂は学園の一番奥にあり、特別な催し物が無い時は基本的に閉じられている。
だからあの場所に近づく理由は生徒には無い。
いや、そんなことよりも、彼は……───
大講堂にたどり着くまでもなく、その人影の正体と出会した。
帽子の下にちらりと見える銀髪は、この国の人では無い証。はじめて見る髪色だけれど、その事実が、さらなる確証となって私を追い立てた。
「フラン、チェスコ、様……?」
人のいない吹き抜けで、私の声が反響する。
目の前の男性はぴたりと足を止めて、横顔を見せた。
帽子の影で顔がよく見えない。私を見定めるような視線だけを感じて、心臓が早鐘を打つ。
「突然声をかけてしまい、申し訳ありません。私、アリア・ブランシュと申します」
礼儀を持って改めて彼と向き合った。深々と頭を下げ、言葉を紡ぐ。
「貴方様が知り合いとよく似ていたもので、つい呼び止めてしまいました。失礼を承知で、どうか、確認させていただいてもよろしいでしょうか」
そうして再び彼を見ようと頭を上げると、その姿は忽然と消えてしまっていた。
「……え」
幻……?
いや、でも確かにさっきまでいたのに。
辺りを見回しても、誰もいない。
こんなに広く、遮るものも少ない中で音もなく消えてしまった。
全身の力が一気に抜けるのを感じる。私はその場でしゃがみこみ、深いため息をついた。
「また、会えたと思ったのに」
───でも、もう一度会えたとして、何を言えばいいの?
緊張から解放されて、今度は冷静に思考が回り出した。
彼がもし、本当にフランチェスコ様だったとしたら、私に何ができるというの?
まだ力もない私が、自己満足で謝って、その先は? 思いを告げるにしても、フランチェスコ様からすれば脈絡がなさすぎる。
それに、もし彼が私を許してしまったら?
……私はなんのためにペルフェッタを目指せばいいの……?
指先が冷えるような心地がした瞬間、ゴォンと鐘がなる。
その音にハッと我に返って立ち上がり、私は次の授業のため教室に戻った。
期待と焦りと緊張が解けたものの、これ以上考えるのが怖くなったのですぐに意識を切り替えた。
だから、その時フランチェスコ様らしき男性が、なんのことない、すぐ近くの物陰に隠れていたのも、そして私の戻る後ろ姿をじっと観察していたのも、その時の私は気づくよしもなかったのだ。
***
「おかえりアリア」
「アリア、フレデリクが土産にって上等な菓子を持ってきてくれたぞ」
帰宅早々扉を開けると、お父さんとフレデリクさんがテーブルについて和気藹々としている光景だった。
「フレデリクさんありがとうございます! いつ帰ってきたんですか?」
「ん? 昼前には帰ってたよ。見学だけで何かしたわけじゃないからね」
「どうだ? お前も入学したくなったんじゃないか?」
お父さんがニヤニヤとフレデリクさんを小突く。
同じ学生服に身を包んだフレデリクさんを妄想して、一緒に次の授業に行こうねなんて言って学園内を歩く姿を想像しちゃったりして……それって素敵だなあとほわほわしていたら「そもそも魔力なしは入学できませんから」とフレデリクさんは一刀両断した。
そこで私はふと、疑問に思った。
───もし、フレデリクさんが本当にフランチェスコだったとしたら……魔力なしというのはありえないのでは?
もしかして、魔力なしの「フリ」をしている?
でも……なんのために?
これまで散々、魔力なしがこの国で生きていく上でどれだけ不便か、私もフレデリクさんを通して実感してきた。
もし隠すにしたって、メリットが一つもない。
フランチェスコは学園でもとても優秀な人物であったとナダルさんは言っていた。
ということは、魔力に秀でた人であった、ということだ。
お菓子を食べる手を止めて、つい考え込んでしまったからか「アリア、どうしたの?」とフレデリクさんが顔を覗き込んでくる。
「……フレデリクさん、このあと少し、大事なお話できますか?」
対岸に座っているお父さんの体がぴしりと固まってしまった。




