16 巻き込まれていく
午前の授業は散々であった。
水魔法の授業では魔法が暴発して左右の生徒および私自身をびしょ濡れにして、被害に遭った子に当然怒られてしまったし、雷魔法の授業では電子に関する抜き打ちテストの結果が赤点に近かった。
これでは、ペルフェッタなんて程遠い。ブランシュさんとの実力の違いを、前よりもずっと意識してしまって、それがまた私のネガティブに拍車をかけて落ち込んでしまった。
そんな満身創痍の私だったが、約束通り貴族御用達の学園内カフェに入り、注文を一つだけしてガーデンの方に足を進める。
もはや慣れたものである。
確かにここは貴族御用達スポットで、平民が立ち入るには相当の覚悟がいるはずなのだが、利用者に立ち入りを許されているのと、数度の立ち入りの実績があれば店側の不審な目線も無くなったので気楽なものだった。
それほどまでに、第三皇子お墨付き、という肩書はお店にとって絶大な力を持つみたい。
生徒にとって皇族は遠巻きに噂する程度でふわふわとした印象だけれど、教師、店員、といった大人たちは、身分に対して目を光らせているし、厳格な印象を受ける。
「アリアさん、こっち」
ナダルさんが手招きをして、奥のテーブルに来いと促す。
草葉の影に、もう一人の姿が見えた。執事の方かな、と思ったが、見える服装は同じ制服だ。
「失礼します」
と言って、植物によって半個室のような仕切りがされているその空間には、ナダル様の他に一人の男子生徒がいらっしゃった。
ピッシリと整髪剤で整えられたであろう前髪は髪の毛一本落とさず、よく見えるキッと鋭く釣り上がった瞳で、私を捉えてくる。思わず睨まれたのかと思って肩が震えてしまう。
腕を組みながらも姿勢良く座っているその姿は、ナダルさんとはまた違う厳格なオーラを携えていて、上品な印象を受けた。
位の高いお方に違いない。まずこのガーデンにいる時点で、私以外の人は貴族にほぼ間違いなのだから、私はまず深々と腰を落とし、敬意を持った礼をした。
「はじめまして、2年生のアリア・ネーロと申します。お邪魔いたします」
作法はわからないから、とりあえず謙っておけばいいのだろうか、と浅はかな考えからペコペコと頭も下げる。
男子生徒はふんと突っぱねるような態度をとりつつも「構わん、顔をあげなさい」と許しをくれた。
「彼はイシュール・ジャロワ。ジャロワ伯爵家の長男でアリアさんより1つ上の先輩にあたる」
「え……!」
ジャロワ伯爵家。
間違いない、フレデリクさんが以前家庭教師として住み込んでいたおうち。そして、大怪我を負わされた原因は、ジャロワ伯爵家の長男の差金であった、と確かにフレデリクさんは言っていた。
思わず私はもう一度イシュールさんを見る。
「ナダルと同じクラスの人間なんだろう? ならば俺の親戚も知っているのではないか?」
「え……ああ、はい。ジャロワ伯爵家の親戚筋の方である、ということしか存じ上げませんが」
「そうか。まあ別にアレと仲良くする必要はない」
「というか、さっき私、彼女に水魔法の授業でびしょ濡れにさせてしまって、むしろ怒らせてしまいまして……」
怒鳴られすぎてもはや教師が私の味方になったほどだ。その時の教師と同じような喋りのトーンでナダルさんも慰めてくれる。
「わざとじゃないんだろう? 彼女は頭に血が昇りやすいようだ。私相手ですら癇癪を起こし気味だから気をつけたほうがいい」
「ハァ、家庭教師に通達しておく」
ナダルさんとイシュールさんは、かなり気さくなやり取りをするようだ。
学園に来てから仲良くなったのだろうか。それとも、皇族と伯爵家で何か繋がりがあって、仲良くなったのだろうか。そんなことをぼんやり考えた。
「座って」
「は、はい」
ナダルさんに促されて私はようやく腰を下ろした。
先ほどまでの和やかな雰囲気が消え、どこか緊張感を覚える。
「アリアさん」
「は、はい」
先陣を切ったのはナダルさんだった。
「初めて会った時、フランチェスコを探している、という話をしたのを覚えているかな?」
あの時も、同じガーデンで話をした。
あの日聞いた「フランチェスコ」の名前は自分に全くの無関係のものだったはずなのに、今はなぜか他人事のように思えない。
さっきブランシュさんの話を聞いたから? それとも、私の中でその名前に関連する人に心当たりがあるから……?
ばらばらのパズルのピースに、何か共通点を見つけられそうな、そんな予感にソワソワする。
「実はイシュールの家に、一時期フランチェスコと思われる男が住み込んでいた可能性があるんだ」
───フレデリクさんのことだ。
詳細は語られていないけれど、ここまで条件が揃ってしまえば、私の中で確信めいたものに感じられた。
表情に出さないように、言葉ごとぐっと飲み込んで、ナダルさんの続く言葉を待った。
「そしてその男を捨てたのが、ちょうどアリアさんの住むカサロ地区のミラヴィル通りの隣の通路だったみたいでね」
「……!」
「フランチェスコかどうかはさておき、2ヶ月前くらいに該当する男を見たりはしなかったかい?」
私が既に接触していると知って試しているのか、それとも、私とフレデリクさんに関係があるとは知らないのだろうか。
一瞬迷った。
皇族であるナダルさんに嘘をつくなどありえないのに、フレデリクさんを探す明確な理由がわからない今、もしもフレデリクさんが、またあの日のように傷だらけになってしまうことがあったらと思うと、軽率に頷くことはできないと思った。
……だから私は、首を振った。
「お力になれず、すみません」
「そんな、気にしないで。そもそも道が違うんだし、そんな都合のいいことはないよね」
都合のいいことはあったんですが、ごめんなさい、と心の中で呟く。
イシュールさんも、私の答えで私に興味を無くしたのか、ふいっと視線がそらされた。
「お二人のお話を聞く限り、国外追放の罪を言い渡されたはずのフランチェスコがこの国に戻っていることがやはり問題なのでしょうか」
だからナダルさんもフランチェスコを探しているのだろうか。
でも、そこまで厳格ならば、そもそもフレデリクさんはどうやって国に入って来れたんだろうか。
そう考えていると、ナダルさんが小さく首を横に振る。
「彼の追放期間はもう終わっている。そもそも、身分と財産の剥奪で彼に対する罰は十分だったらしいんだ。一定期間国には入るなという制限があったけれど、それももう終わっている」
「俺が入学した頃には既に学園を去った後だったが、優秀な人材だったということは聞き及んでいる。……だからなのか、重罪を犯したにも関わらず甘い刑罰だ」
フランチェスコは、重罪人とは名ばかりで、今となっては普通の人と扱いは変わらないのかもしれない。
なぜそこまで許されているのか、その詳細は察せられないけれど、ひとまず事実として私は納得することにした。
ならば、探す理由は?
私の疑問を読み取ったかのように、ナダルさんは続けた。
「私がフランチェスコを探す理由はね、彼が持っていた印章の行方を知るためだ」
彼はケープについているポケットから一枚の紙を取り出し、広げた。
美しく描写されたスケッチだ。指輪の形をして、天井の部分に複雑な模様が描かれている。指を取り囲む輪の部分には、細かな意匠の宝石がついているようだ。
絶対、すごい価値のあるものだ。値段がつけられないほど貴重な代物なのはわかりつつも、つい金銭的価値を想像してしまう。
「これがない限りは、私は正式に第三皇子として籍を置くことができない」
「え!」
思わず大きな声が出る。
イシュールさんも片眉をあげて、ナダルさんを咎めるように口を挟んだ。
「そんな情報を平民に漏らすんじゃない」
「事の深刻さを知るには十分だろう?」
大きな事態に巻き込まれたのだと一瞬で理解した。
その上で私は、先ほど嘘をついてしまった。
強い罪悪感に苛まれるも、イシュールさんの鋭い視線が向けられる中で言葉を撤回する勇気が持てなかった。とんだ臆病者だ。
心臓が早鐘を打つ中、ナダルさんがフランチェスコを探す理由を深掘りするために私は質問した。
「その印章が見つかれば、フランチェスコが見つからずとも良いのですか?」
「フランチェスコの行方なしに見つかるとは思えないけれど……結論としてはそうだね」
「フランチェスコに過酷な尋問とか、することはない……ですか……?」
「それは相手次第だ。印章のありか次第では新しい罪状が付与されるかもしれないね」
ナダルさんの回答に、ごくりと生唾を飲み込んでしまう。
私が先ほどよりも緊張していることが、きっとバレてしまうだろうと思えるくらいの動揺っぷりを隠すために、私は長い前髪で顔を隠すように俯いて考えるふりをした。
「ナダル、何も知らない平民にもう用はないだろ。解放してやれ」
「まあ、確かにこれ以上情報もないか……。アリアさん、時間をくれてありがとう」
話が終わる流れを遮るように、私は顔を上げた。
「わ、私ちゃんと協力します」
「え」
「確かに私は平民ですけど、大切なものを探すために人員は必要だと思います。平民側の協力者として、私もお力になることがあるかもしれませんから」
フランチェスコが、本当にフレデリクさんなのであれば、私が一番印章のありかに近い。それは間違いない。
ナダルさんの力になりたいのだって本当の気持ちだ。
嘘に真実を重ねて、とにかくこの場は乗り切ろうと思った。
私の言葉にナダルさんは嬉しそうに笑って、私の両手を握り「ありがとう!」と声をかけてくれた。その素直な感謝に、また少し胸が痛んだけれども、どうか新しい情報を持ち込むのでそれで許してください……! と、情けなく心の中で叫んだ。
イシュールさんは未だ訝しげに私とナダルさんのやり取りを見つめていた。
とにかく、フレデリクさんにこのことを伝えないと。
……そして、彼の口からどうか真実を教えてもらわないと。
そういえば、学園を見学しているはずのフレデリクさんは、今はどこにいるのだろう。
せっかくなら、帰る時間を聞いておけばよかった。




