15 真意
ナダルさんもやれやれといった様子で、同じ場所に腰掛けた。
ブランシュさんはいつもの快活さが消えて、少々顔を赤ながら俯きがちにもう一度座る。
「ご指摘のとおり、私はナダル様ご本人に目的があるわけじゃないんです」
ナダルさんに近づきたくて、突拍子もない提案をしたのだと思っていたけれど、ブランシュさんはおずおずとしながら続ける。
「私が本当に会いたいのは、偽物の第三皇子だったフランチェスコ様です」
私とナダルさんは同時に驚いた。
「偽物だと見破ったのはブランシュさんだよね? 彼に会って何がしたいの?」
4年前に看破したのは紛れもなくブランシュさんだ。
結果、フランチェスコは犯罪者として処罰され、国外に追いやられている。
「私が、見破ってしまったが故に、彼を不幸のどん底に叩き落としてしまった。私が無邪気に、偉そうに提言したせいで」
その時のことを強く悔いているようなブランシュさんの悲痛な表情と、握り込まれた膝の上の両手が痛々しくすら感じる。
「あの……何があったのか、教えてもらってもいいですか?」
ただ、現状を100%飲み込みきれない私は、ブランシュさんにそう提案した。
機密事項だからと止められるかもしれないが、ここまで知ってしまったのなら同じだろう。
「アリアさんは知っておいた方がいいと思う」
意外なことに、ナダルさんが後押しをしてくれた。
「それってどういう意味ですか……?」
「ん? いや、ここまで教えておいてこの先は秘密です、なんて酷い話だろう?」
「ああ、そういう」
ナダルさんの言葉もあって、ブランシュさんは「それなら簡潔に話しますね」と時計を確認しながら言った。
「4年前、私には特殊な能力がありました。私には、人の魔力の色が見えたんです。魔法師として認められた時に能力に準じた宝石を埋め込まれますよね? あれの、能力ごとではなく、血筋ごとの違い、とでもいえばいいでしょうか」
魔力を持つ私たちの国では、ブランシュさんのように特別な力を持つ人が稀に生まれるというけれど、本当に出会ったことはなかったから妙に感心してしまった。
「当時私は、フランチェスコ様が第二皇子であるブランドー様と並び歩いている姿を偶然お見かけした際に、明らかに魔力の質が違うことを見抜いてしまったのです」
ブランシュさんは自分の左目をそっと押さえた。
「あの頃は、自分が特殊能力を持っていることを誇りに思っていました。だから堂々と、その事実を述べたのです。それがまさか、フランチェスコ様を国外にまで追いやってしまう結果につながるとは、想像もしていませんでした」
怯えるように肩を丸める。いつも見ているブランシュさんとは全然違う、弱々しい姿だった。
「けれど、あの出来事がきっかけで、私は皇室の方々に信頼され、頼られたことを誇りに思いました。そう思うことで一人の人間の不幸にしたという罪悪感をかき消していました」
「実際、ブランシュさんの功績は計り知れないだろう。そんなに気負う必要はないように思えるけれど」
ブランシュさんが見破らなければ、ナダルさんはここに戻れていなかったかもしれない。
そう思えばこそナダルさんの言葉に私も同意するけれど、ブランシュさんは力なく首を横にふる。
そして、そんな彼女を見て、私はふと、思い至った。
「ブランシュさん、もしかして……フランチェスコのことを……?」
ブランシュさんは私の言葉に、バッと顔を上げた。
心外だ、とでも言わんばかりに少し怒ったような、けれどどこか照れてもいるような表情で、唇をぐっと噛み締めている。
「……バカみたいな話でごめんなさい。でも、一目惚れ、みたいなもので」
再び俯いたブランシュさんの顔に、ぱらりと髪の毛が落ちる。
「……次第に私の特殊能力は薄れていってしまった。今はもう、色なんて見えないの。だから皇室との繋がりもあれ以来ほとんどなくて、全ての事件が終わった時にはもう部外者だった。無邪気に、あの人とまた会いたいなと思っていたら、もう会えない場所に追放されていた。それだけの話」
まだ幼かったのだと、ブランシュさんはぼやいた。
自分の発言が、国や人生を大きく揺るがすトリガーになってしまったこと。
私にはその重さがいまいち実感できない。けれども、あんなに輝かしいブランシュさんがずっと抱え込んでいるものなんだと思うと、同情したくなる気持ちが芽生えてきてしまう。
後悔を抱えて無理矢理にでも第三皇子と繋がりを持とうとしてまで、フランチェスコを追うブランシュさん。
もしかしてブランシュさんがペルフェッタを目指す理由は……
「ペルフェッタになれば、また皇室とのつながりができますよね。だからブランシュさんは、それを目指している……?」
「──そうよ。私にできることはそれだけ。その権限をもって、フランチェスコ様に謝りたい。……会いに行けたらと思っているの」
ブランシュさんの発言に、ようやくブランシュさんの本当の姿が見えた気がした。
それはきっと、彼女のかねてからの願いそのものに違いないからであろう。
ああ、なんだか、遠かったブランシュさんがやっと近く感じられた気がする。
ブランシュさんも、誰かのために、自分勝手に夢を叶えようと頑張っていたんだ。私と一緒だ、なんて言ったら烏滸がましいかな。
「壮大なようで随分と利己的な目標だよね。アリアをとやかくいう理由は貴女には無いと改めて思ったよ」
ナダルさんは、きっぱりとブランシュさんに自分の意見をぶつけた。
ナダルさんの言葉を受けてぐっと口を閉ざすブランシュさんは体を硬直させていた。
「そして残念だけれど、フランチェスコの居場所は私も探しているところでね。貴女と繋がりを持ったとて、なんのお力にもなれない」
「!!」
ほのかにブランシュさんの表情が絶望に染まる。
そう、ナダルさんは無関係の私に尋ねるほど、フランチェスコへの手がかりから遠い存在なのだ。
ブランシュさんの目的は、果たされないかもしれない。
「…………それがわかったのなら、十分です」
ブランシュさんはゆらりと立ち上がる。そして壁にかかっている時計の方へ顔を向けたので、私たちも併せてそちらを見ると、ちょうど予鈴のなる時間を指していた。
「戻りましょう。お時間を取らせて申し訳ありませんでした」
「いや、話せてよかったよ。これでわだかまりもなく、普段通り過ごす大義名分ができたね」
ナダルさんは同意を促すように、私に微笑みかける。
「ブランシュさん」
私はナダルさんに頷き返した後、ブランシュさんの隣へと駆け寄った。
「ブランシュさんの思い出を共有してくれて、ありがとうございました。3枠しかないかもしれませんが、一緒にペルフェッタになれるように頑張ります。……あと、フランチェスコに関する情報も、もしわかったら共有します」
「……あなたってひとは」
ブランシュさんは何か言いかけて、ぐっと飲み込んだ。
そして掠れた声で、小さく言う。
「ありがとう」
私たちには同じ名前という共通点だけで、正反対の場所にいると思っていたし、今後も交わることはないと思っていた。
けれど、その名前がこうして新しい縁を繋いでくれたのだと思うと、不思議な感覚になった。
ブランシュさんに対して思うところはまだまだ残っているけれど、一緒にペルフェッタになれたらと思うこと、フランチェスコへの手がかりがあれば共有したいことは本心から思えたことだった。
感謝の言葉を述べてくれたブランシュさんは、そのまま早足で前へ前へといってしまう。
残された私に今度はナダルさんが横並びになってくれる。
「アリアさんは多面的に人を見れる人なんだね。ますます友達として誇らしいな」
「お褒めに預かり光栄です……」
すると、ナダルさんは少しだけ屈んで、顰めた声色で続けた。
「ブランシュさんには言えなかったことが一つだけある。お昼の時間ガーデンに来てくれないかな」
「え……?」
「よろしくね」
一体なんなんだろう。
知らない情報が続々と私の耳に入ってきてしまうこの状況に、どんどん不安が膨れ上がってくる。
私、ただの平民なんだけど、踏み込んじゃっていいのかな。
そうやってぐるぐる考えながら教室にはいったものだから、自分に突き刺さる視線を意識することはなかった。




