14 対立
並ぶ教室を通り抜けて、廊下奥の窓際に位置する談話スペースに私たちは辿り着いた。
ナダルさんを先に座らせたブランシュさんが、彼の正面に座る。必然的に私はナダルさんの隣に座ることになった。
「どうして場所を変える必要が?」
腰を据えたのでナダルさんがようやくブランシュさんに質問した。
「あのまま話し続けてたら、クラスメイトたちの注目の的でしょう。戻った時に噂されるかもしれないけれど、聞き耳をたて続けられるよりずっといいわ」
ブランシュさんの意見に、それもそうだと私は心の中で同意した。
そんな折に、ふとブランシュさんと目が合い、ドキッとする。
彼女と話すのは、土魔法基礎の植物のネームプレートについて以来で、目が合ったのはそれこそナダルさんが初めてクラスに来た時以来だ。
ブランシュさんが私に対して何か考えていることは、あの時の視線から感じられた。
「単刀直入に聞くけれど、ナダル様はなぜネーロさんと親しくされているの? 聞けば、きっかけは私とネーロさんを間違えたからって話らしいけれど」
「友達と一緒にいることに特別な理由ってあるかな? 間違えたのもこちらの落ち度だし、偶然がきっかけで親交を持った。ただそれだけだよ」
「そうおっしゃるわりに、私と再度コンタクトを取ることはしませんでしたよね。用事があったのでは?」
あの後、ブランシュさんと会っていない?
当然、用事を済ませたものだと思っていた。会える機会なんて、クラスメイトになった時点でいくらでもあったのに。
よくわからなくなって、私はナダルさんの方を見るけれど、彼は特に表情を変化させることなく凛とした姿勢のままだ。
「こちらの事情で、ブランシュさんへの用事は先延ばしになったんだ。それどころじゃない、というのもあるかな」
含みを持たせた言い方に私もブランシュさんも疑問を抱く。
一方で、軽率に踏み込めない皇族の事情かもしれないとも察して、それ以上私たちは口を挟めない。
「理由はさておいて、とにかく私は忠告したいのです」
しかしその沈黙をブランシュさんが打ち破った。
「私は意地悪からお二人の仲を裂きたいわけではない、と先にお伝えします」
「……」
私を見据え、ブランシュさんは真っ直ぐに物申す。
「ただ現状、あまりにも目立ちすぎていることを再認識してほしいのです。この現状は、ネーロさんにとっても不都合が多いのではなくて?」
「それは……」
「学園の門戸は広く、この敷地内に限っては身分差は無い。そういうルールではありますが、暗黙の了解が存在しているのもまた事実です。国営なだけあって生徒数が多いこの学園では、二人のアンバランスさを不思議に思う人が大多数なのは間違いありませんよね?」
ブランシュさんは正しい。
私があえて外に向けていなかった視線の正体を、きっぱり言語化して突きつけてくる。
「暗黙の了解に従うことに何の意味が? それに私は、アリアさん以外にも平民の学友を作っているし、話す頻度だって多いよ。それもやめろと言いたいのかな」
「やめろ、とまでは言いませんが、とにかくネーロさんと交流するのは控えてほしいと願います」
「ずいぶんキッパリというね。なぜ」
「彼女が私と同じ名前だからです」
予想外の答えに私はギョッとした。
また、またそれ……!?
「アリアという名前はこの学園では主に私の評判に直結してしまうのです。名前だけが一人歩きした結果、ネーロさんの功績も私の評判に組み込まれてしまう。事実、これまで交流のない生徒の数々からナダル様について幾度となく質問されてきました。正直うんざりなんです。知りもしない噂に自分が関わっていると勘違いされるのが」
ブランシュさんは、私のコンプレックスを刺激するようなことをどんどん言い放ってくる。
これまでただ聞いていただけの私だったけれど、さすがに口挟みたくなった。
「それは、勘違いする生徒が悪いのであって、私やナダルさんとは関係ない、ですよね」
前回と同じだ。
ただ日常を過ごしているだけなのに、なぜ自分たちが制限されなくてはならないのか。
反論してみせろ、と強気にブランシュさんと向き合うけれど、それはあっけなく打ち破られる。
「ネーロさんが今よりもう少しだけでも優秀であれば、簡単に払拭できる話なのですが」
ため息混じりに、ブランシュさんは言った。
「それよりもネーロさん、あなただって、平凡に勉強しにきているだけなのに常に視線の的になるのはストレスがかかっているのではなくて? この先の学園生活のためにも今のうちに正しておいた方が良いと思うのですが」
ブランシュさんは淡々と提案をしてくる。けれど、どこか脅しのようにも聞こえてしまう。
まるで、そのまま平凡の……いや、落ちこぼれの生徒としてずっと影の中にいなさい、とでも言うような。
そう想像してしまうのは、私が卑屈だからかもしれない。
でも、ブランシュさんの発言の裏に優しがあろうがなかろうが、提案された内容に頷くことは私が許さなかった。
「いえ、変な噂がたっても、正真正銘アリア・ネーロのものである、とみんなが認められるように頑張ります」
「え……?」
「私、ペルフェッタを目指してるんです。だから、多少の注目は、どんとこい、です」
言ってしまった。
大それたことを。
「それは初耳だ! 確かに、そのレベルを目指すのであれば私の隣にいてもおかしくないよね。そうでなくても隣にいてくれていいのだけどね」
「…………」
ナダルさんのフォローの言葉に少し嬉しくなると同時に、私の宣言に驚いて目を見張っているブランシュさんは、しばらくして深いため息を吐いた。
「そう、やっぱりそうだったの」
「え?」
「授業の取り方で、ペルフェッタを目指している人はおおよそ見当がつくわ。でもまさか、本当にそうだったとは」
少し嘲笑混じりに、ブランシュさんが続ける。
「それにしては最近まで下から数えた方が早い場所にいらっしゃったもんだから」
「な……!」
なんで私の成績をこの人は知っているの!?
恥ずかしさでカッとなっていると、ブランシュさんが「勘違いしないでね」と断りを入れる。
「さっきも言ったけれど、ペルフェッタを目指している人の目星をつけてみていただけで、ネーロさん自身に特別興味があったわけじゃないから」
「なんで目星をつける必要が?」
ナダルさんが質問をする。
ブランシュさんは、ナダルさんはともかく、と言った様子で、私の方を再びみて、怪訝そうに眉を顰めた。
「まさかネーロさんもご存知ないの?」
「……え?」
「ペルフェッタになれるのは、毎年3枠しかないのよ」
そ、そうだったの……!?
カリキュラムをこなせればなれるんじゃなかったの!?
私の表情から全てを察したのか、うんざりした様子でブランシュさんは脱力した。
「呆れた。目指すにしては志が低いと思っていたけれど、ここまで無知だなんて」
「そんな言い方は……!」
「何か間違ってるかしら。ペルフェッタの称号の重さはさすがにご存じよね?」
国家の要人。最高のエリート。
誰でもなれる一方で、ハードルが高いのは、わかっていたはずだったけれど。
フレデリクさんと話している時は、無敵になれた気分だった。ただ、先が開けたような希望に満ちた感覚で、キラキラしていたのに。
ブランシュさんが突きつけてきた現実が、ズシンと重みを増していく。
「志が低いなんてブランシュさんが言い切ることはないと思うけどな。アリアさんは頑張っているよ?」
「頑張ればなれるものじゃないのです。本当になりたいのであれば、より一層の努力が必要でしょうね」
ブランシュさんは立ち上がり、ナダル様に手を差し出した。
「ナダル様、今後クラスメイトに友人が必要だというのであれば、私と交流なさるのはいかがでしょう。私たちはそもそもご縁がありますし、ネーロさんの勉学の邪魔を減らすためにも良い提案だと思うのですが」
ナダルさんのため。そして、ペルフェッタを目指す私のため。
そういう建前の元、ブランシュさんはナダルさんを誘い込んでいる。
嫌だな、不甲斐ないな。
ペルフェッタを目指しているという大きな目標が、まさかこんなところで足枷になってしまうなんて。
それでも私は──
「さっきからブランシュさんは身勝手です」
自分の気持ちを吐き出したい。
「私の交友関係も、ナダルさんの行動も、主導権は本人にあるはずです。ブランシュさんがコントロールするべきものじゃありません。ブランシュさんが望んでいるのは、自分の評判が落ちないこと一点だけでしょう」
「なっ──!」
「私もそう思うな。実にくだらない話だった」
ナダルさんも言い切って、ブランシュさんの手を取ることなく立ち上がる。
「親しくしたいから、親しくする。私はアリアさんを侮辱に近い言葉で責め立てたあなたとは友達にはなりたくない」
「っ……」
「それと、貴女の本当の目的は、私じゃないよね?」
───え?
ナダルさんの言葉を受けて、私はブランシュさんを見る。
ブランシュさんはぎくりと体をこわばらせて、少し怯えたような目つきになっていた。
「友達になりたいのなら、まずは真心で接さなくちゃ」
それじゃあ行こうか、とナダルさんは私に微笑みかけて、教室の方に向かおうと歩き出す。
「……まって」
それを制止したのはブランシュさんの弱々しい声だった。
私は動くことなく、彼女を見る。
「わかったわ、ちゃんと、話すから、もう少しだけ聞いてください」
ちらりと時計を見ると、あと20分ほど残っていた。
私はブランシュさんの真意が気になったので、もう一度ソファに腰を置くのであった。




