13 交わる
「そこまで言われたら、応援しなくちゃ」
フレデリクさんは私の肩をぽんぽんと叩き、立ち上がる。
「ま、アリアならできると思ったから言ってるんだけどね。俺にできることがあったらなんでも言って? 今日からはご近所さんになるんだし」
そうやってまた、私を励ましてくれる。
私は照れ臭くて、くすぐったいような気持ちになった。
「……そうだ、フレデリクさん」
そういえば、まだ言っていなかったな、と思って、私も立ち上がると、フレデリクさんの正面から伝える。
「おかえりなさい」
「……───うん、ただいま」
言葉を返すフレデリクさんは、何かを噛み締めるようだった。
一瞬だけ、苦しそうにすら見えた彼にまた触れたいと思ってしまったけれど、我慢して、私は微笑みを返すのだった。
***
超絶快眠で目が覚めて、朝からフレデリクさんが帰ってきたことを知ったおかげでお父さんも元気な中、学園に行くぞと玄関の扉を開けたら、珍しく帽子を深く被ったフレデリクさんが立っていたので、お父さんと二人で「うわあ」と驚いてしまった。
その驚き様がやたら似ていたそうで、フレデリクさんが朝から爆笑し、アパート中に笑い声が広まってしまった。
「どうしたんだこんな朝から」
「おはようございます親父さん。今日はちょっと、魔法学園に付き添いしたくて」
「え!?」
予想外の答えに、私は大きな声を出した。
「魔法学園って……何をしに行くんだ?」
魔法が使える素養があれば誰もが入学できる資格を持つ。しかし、フレデリクさんは魔法を使えない。
魔法学園自体は一般公開されているので、申請すれば中に入ることができるけれど、基本的には入学希望者のための見学用に用意されている窓口だ。
「せっかく住む街ですから、国の中心である学園を知っておくのは大事かなと思って」
これからは長く居座るつもりだから、とでも言うように、安心感のある返答で嬉しくなった。
まあ確かにな、とお父さんもある程度納得したみたいで、途中までは3人で歩きながら、分かれ道でお父さんを見送ると二人きりになった。
朝の静かな空気の中、石畳とレンガでできたベージュ色の街を二人で歩くのはとても新鮮で、私の声は朝から上擦っていた。
「そうだ、最近の私の報告をしてなかったですね」
「確かに。試験の結果はどうだったの?」
「結構良かったんですよ! フレデリクさんに会ったら報告できるようにって思ってたのに、すっかり忘れちゃってた」
会えたことが嬉しくて。とは言わずに秘めておいた。
「そっか、良かった! ちゃんと数字になると自信がつくね」
「はい! まあ、基礎科目だったから取れてないとダメなんですけど……」
「あ、またネガティブになってるよ。そこは直していかないとダメなところだね」
「わわ」
フレデリクさんは私の頭を掴んでぐわんと回す。
少し乱れた髪をむすっとしながら直していると、フレデリクさんは揶揄うような目つきで見てきたので、わざとらしく睨むような目つきで返してやった。
ああそうだ、他にもフレデリクさんに報告したい大きな出来事があったんだった。
「それとなんですけど、実は一個すごい出来事もあって」
「へえ?」
「それは現在進行形なんですけど」
「焦らすねえ……何があったの?」
周りに人がいないとはいえ、平民の私が口にするには大それたことなので、そそそとフレデリクさんのそばに寄り、耳打ちするくらいの声色で言った。
「私、第三皇子と友達になったんです」
耳から離れて、「すごくないですか……!?」とフレデリクさんの反応を期待していたら、フレデリクさんはその場に立ち止まってしまった。
「あれ、どうしました?」
「ってことは第三皇子も学園に通ってるの?」
「はい。授業も同じものを取っているので、一緒に教室移動とかしちゃってるんです。信じられないですよね……まさかこんなことが起きるなんて」
「ちなみに、なんで友達になったの?」
フレデリクさんの声色は平坦だ。
もっとびっくりしてくれるかと思ったから、どこか拍子抜けな気がしてしまうが、よく考えたらフレデリクさんは外国の方だった。あまりにも流暢に言葉が通じるものだから、外国人という意識が抜けてしまう。
皇族の方と友達になる凄さは実感しにくいのかもしれない。
「えっと、前にアリア・ブランシュさんっていう、私と同じ名前の生徒がいるってお話ししましたよね? 今回もいわゆる名前違いがあって、本当に偶然、彼の執事の人に案内されてついて行って、そうしたらいつの間にか、友達になってたんです」
言葉にすると突拍子もないことだが、事実そうだったのでこれ以上説明しようがない。
偶然の出会いだったが、ナダルさんはあれからブレることなく、私の友人として接してくれている。
この世界で、家族以外で2人目の、私をただの「アリア」と呼んでくれる人だ。
こんな素敵な偶然が起きたのも、フレデリクさんと出会って運気が好転したからなんじゃないかな、なんてうかれたことを考えてしまう。
「そう、すごい偶然だね」
フレデリクさんは口角をあげてそう言った。
その微笑みにホッとして「そうなんですよ、本来ならありえないんですから」と、いかにナダルさんとの関係が特殊なのかを解説しながら学園に向かった。
同じ制服の人たちがちらほらと周りに増えていく。
そろそろナダルさんの話題は目立ちそうなので、私は今晩何が食べたいのかなどの日常会話に切り替えた。
門の前に着くと、フレデリクさんは窓口に見学申請をしにいくため、一旦私と別れる。
せっかくなら学園内も一緒に歩きたかったけれど、今日は至って普通の授業日だ。付き添うわけにはいかないので、残念な気持ちを抱きつつも点呼のために教室に向かうか、と心を決める。
フレデリクさんが窓口のある建物に入ったのを見送って方向を切り替えると、背中側から「アリア!」と柔らかな声色が飛んできた。
振り返ればそこにナダルさんがいらっしゃった。
「おはようございます」
「いつも早いから私も早めに来てみたよ。明日から私もこの時間に登校するよ」
「そんな、私気まぐれなので、必ずこの時間ってわけじゃないですよ……!」
「そうなの? じゃあせっかくなら時間を決めてみないかい?」
相変わらずナダルさんは気さくに話のラリーを続けてくれる。
友達付き合いのない私でも、その応酬に答えざるをえないように話してくれるものだから、自然と彼に心を開いていくのがわかる。
相変わらず、なぜ私にここまで構ってくれるのか、の一点については謎だけれど。
「そういえばさっき誰かと歩いていなかった?」
ナダルさんは私の周囲を見回す。
「え? ああ、今日知り合いが学園を見学したいみたいで、一緒に来てたんです。もう窓口の方に行っちゃったんですけど」
フレデリクさんが出てくる気配はない。別の場所から校舎に入ったのかもしれない。
せっかくならナダルさんに紹介したかったけれど、ここにフレデリクさんが並んでしまったら、ナダルさんと二人して輝いてしまい、私の目が眩んでしまったかもしれないな、なんて冗談めいて考えてしまった。
「その人ってアリアとどういう関係の方なんだい?」
「えっと……ちょっと前に怪我をしているところを助けたのがきっかけで、今はご近所さん付き合いしている方、みたいな感じです。私の勉強もよく見てくれていたので、家庭教師と言ってもいいのかも?」
フレデリクさんのことを私もよく知らないし、あまり彼の事情を打ち明けるものでもないだろうと思って、当たり障りのない事実のみを伝える。
ナダルさんに怪しまれず、ほどよい情報を教えれば、ナダルさんも違和感なく受け入れてくれたようで「勉強を教えてもらってるんだ。いいなあ」といった感想が返ってきた。
教室にたどり着くと、まだ一人しか来ていなかった。
しんと静まり返った教室の真ん中、静かに座って本を読んでいる生徒がいる。
その場所は、ブランシュさんの席であった。
「おはようございます……」
声をかけないわけにはいかないので、私は絞り出すような声色で彼女に挨拶をした。
「ブランシュさんも早いね、おはよう」
私の背中から顔を出したナダルさんも、爽やかに挨拶を送る。
ブランシュさんはその声で本からやっと視線を上げて、私たちの方を見た。
朝の少し白んだ光が窓から差し込み、浮いた埃がキラキラと輝いて見える。
それが彼女の端正な顔立ちを美しく際立たせているようで、彼女もまたまばゆい。
「やっと3人で話す機会ができたわね」
ブランシュさんが立ち上がり、私たちの方へと歩みを進めてくる。
「場所を移しましょう。点呼までの時間を私にちょうだい」
ブランシュさんの呼びかけに、私とナダルさんは顔を見合わせる。
特に断る理由もないので、彼は教室を出たブランシュさんの後についていき、彼が行くのであれば私が行かないわけにもいかないし、ブランシュさんの気迫みたいなものに気圧されたのもあって、駆け足で二人の後を追うのだった。




