12 新たな目標
「どうやって!?」
開口一番の疑問、それは、魔力のない外国人のフレデリクさんが、どのようにして借家の契約ができるようになったのか、だった。
「簡単に言えば、身分を得たんだ」
「できたんですか?」
「うん、親父さんのおかげでね。一緒に働いてる人の中に外国から移民した人がいてさ」
この国の身分は、魔法石の取得と共に登録される。
魔法石を得られない魔法師見習いは、親の承認によって身分が担保される。
しかし魔法を使えない外国の人や、魔力のないフレデリクさんのような人は、これが適用されないため真に国民にはなれない。
「完全に国民としての権利を得るわけではないけれど、住む場所を与えられる程度の身分保証は、金銭の蓄えと領主および保証人の承認でできるって教えてもらったんだ」
「そうなんですね……」
「だから、領主に挨拶に行ってきた」
さらりと、フレデリクさんはとんでもないことを言った。
「領主様、って、御貴族様ですよね!?」
「うんそうだよ」
学園外では、貴族と平民の壁はあまりにも高い。学園内ですら、会話はせども、プライベートを共に過ごすのは稀なくらいだ。
例外は、私自身が現在進行形で行なっているけれど、一旦それは置いておいて。
訪問をしても、たいていは門前払いで終わりだ。
けれどフレデリクさんは、それをやってのけたからこうして家を借りられているのであって……。
「どういう、経緯で……?」
疑問を恐る恐る口にすると、フレデリクさんはクスッと笑った。
「アリア、俺を拾った時のこと覚えてる?」
「そりゃ、まあ」
傷だらけのフレデリクさん。ボコボコに殴られ打ち捨てられた姿は今思い出しても痛々しい。
「あの時言っただろう。伯爵家で家庭教師をしていたって」
「はい…………。えっ、まさか領主様って」
「そう。俺が次男の家庭教師をしていた、ジャロワ伯爵家」
私はあの日がフラッシュバックして、思わずフレデリクさんの体に触れて確認した。
「怪我、してないですか!?」
フレデリクさんはぱちくりと瞬きをして、それからふふっと笑う。
「今回は大丈夫だよ。二の舞にならないようにたっぷり時間を使ったんだから」
元気だと証明するように両肘をぶんぶんと振り回す。
本当にどこも怪我はなさそうだ。
「正規の方法じゃ長男側の付き人に見つかるから、どうにか俺を拾ってくれたジャロワ伯爵夫人が出てくるまで粘ったんだ。結構時間くらっちゃったけどね、この1週間で頻繁に出入りするようになったからラッキーだった」
「それで時間がかかるって……」
突然いなくなって困惑しかなかったけれど、危険なことに首を突っ込んでいたわけじゃなかったことに安堵を覚えた。
「でも、それなら言えばよかったのに」
「身分を得るために伯爵家に張り込みしますって? そんなこと言ったら、親父さんが張り切っちゃうだろ」
確かに、お父さんだったら正面突破を試みてしまうかもしれない。
「あまり、人に迷惑をかけたくなかった。俺一人の問題だし、俺の身分に関しても、誰も関与していないことをジャロワ伯爵夫人にも知って欲しかったんだ」
「……私たちが関わってることを知られたら、何か問題なの?」
一歩線を引いたようなフレデリクさんの言い方に、少し胸がもやっと陰る。
しかしフレデリクさんは「アリアと親父さんが悪いとかそういう話じゃないよ」と慌てて弁明を続けた。
「どちらかというと、俺の方が問題。二人が俺に関わっているということが知られたら、そっちに迷惑がかかるかもしれないから」
それは、魔力なしのことを言っているのだろうか。
でも、結局フレデリクさんに身分保証の承認をしたお方なのであれば、そんな差別は気にしなさそうなのに。
フレデリクさんにはまだ踏み込んではいけない事情がある。
掴みきれないのはきっと、そうした隠した部分にあるんだろう、と思う。
いつか彼が私に語ってくれることはあるのだろうか。
「ここまでしてもらって、ジャロワ伯爵夫人に恩返しできるものが無いのが歯痒いよ」
そう言いながら、何も無い床にフレデリクさんが座り込んだ。
フレデリクさんはぽんぽんと左隣の床を叩き、私を見上げる。誘われたまま、私はそこに座った。
「アリア、ペルフェッタって知ってる?」
「? いえ、詳しくは」
聞き馴染みのない単語に、私は首を傾げた。
「ペルフェッタは国家公認の資格の名前。時には皇室に意見できる立場として国政に関われる要人なんだよ。どの仕事にも就けるし自由な身だけれど、国家公認なだけあって位は高い」
「都市伝説的な話としてなら、聞いたことがあります」
「今だって実在はしてるよ? 数年に2・3人程度の頻度だけど」
外国人なのに、フレデリクさんは私よりもずっと詳しい。
知らない情報に感心している私に説明を続けてくれた。
「アリアが都市伝説的に思うのも無理はないけどね。公的に出ることはないし、具体的な仕事もペルフェッタごとに違うから。隠居して小説を書いてる人もいれば、現場監督として土木工事に携わっている人もいる」
「でも、何かあったら皇室の方々に意見を提示できるんですよね?」
「そう、それが大きすぎる。だからこそ、ペルフェッタ自身は自分がペルフェッタであるとは大っぴらに言わないんだよね。何かあった時に利用されないためにも」
「なるほど……」
大きすぎる権力は歪みを生む。
今自分がナダルさんと共に過ごしていて、分不相応な視線を向けられていることをふと思い出した。
「それで、そのペルフェッタがどうしたんですか?」
「ジャロワ伯爵夫人が探してるんだってさ。そもそも俺を家庭教師にしたのも、もしかしたらペルフェッタの見込みがあるかもしれない、という下心もあったんだって説明された」
フレデリクさんは、あっけらかんとしたまま続ける。
「でも俺には資格がないでしょ?」
魔力がないから、魔法学園に通えない。国家資格は学園に通わねば得られないからだ。
それでさっき、恩返しの方法がないのだとため息をついていたのだ。
私はふと、疑問に思う。
「そのペルフェッタって、どうやったらなれるんでしょうか」
私の疑問に、フレデリクさんがパッと顔を明るくして、「良い質問だね」と笑いかけてくる。
「ペルフェッタになる方法は意外と簡単、学園のすべてのカリキュラムで一定以上の成績を収めて卒業することなんだよ」
「すべての……!?」
言葉にすれば確かに単純、しかし、それがどれだけ難しいことか。
ああそうか、だからさっき「数年に2・3人程度の頻度」とフレデリクさんは言ったのか。
「生徒たちは基本、自分がやりたいことを定めて勉強をします。だからすべてのカリキュラムを履修するのは物理的に難しいはずです」
「うん、基本的にはそうだよね。でも」
フレデリクさんがしっかりと私の目を見つめる。
隣り合う私たちの距離は、近い。
西日のオレンジが彼の銀色の瞳を染めている。そしてその中に自分がはっきりと映っているのが見える。
「アリアなら、できるよね」
まるで確信したかのように、断定的な言い方だった。
一瞬きょとんとして、私は言葉を脳内で反芻する。
「え、ええ!?」
「勉強を見てきたからわかるけど、アリアは満遍なく授業を受けているよね。残りの年数から考えても、すべてのカリキュラムを履修することは可能な範疇だ。ちなみに今期はなんの授業をとったの?」
「えっ、えっと、飛行術と、あと治療魔法基礎と……」
「いいね、順調だね」
「いや、私は別にそんな、ペルフェッタになりたくて選んだわけじゃ───」
しかし、そう言いかけて私はハッとした。
私は、やりたいことの具体性もなく、優柔不断に授業を選び続けていた。
今回だってそうだ。興味と、好奇心と、ちょっとの自信のなさと、そんな中で選んだ。
でも、もしこの選択に意味ができるのならば?
いきなり黙りこくった私を、フレデリクさんは優しく見つめてくれている。
まるで霧が晴れたかのように私の思考は一つの答えを導き出していた。
「……私が、ペルフェッタになれば、フレデリクさんの恩返しもできますか?」
私の言葉に、フレデリクさんが目を丸くした。
「おっと、そうきたか」
と、どこか困惑の表情すらある。
「やっぱり私なんかが目指すのは烏滸がましい、ですよね……」
「そんなことない! そうじゃなくて」
フレデリクさんは視線を落とした私の顔を、優しく両手で包んで上向きにした。
「アリアはどうして俺に優しいの?」
問われて今度は私が困惑してしまう。
「どうしてって……」
「俺はあくまで、ペルフェッタになれる可能性を提示しただけ。アリアが頑張ってるから、こういう道もあるし、アリアなら可能性があるなって思って話題にしただけ。でも、今アリアは何て言った?」
「え、えと、私がペルフェッタになれば、ジャロワ伯爵夫人の要望が叶って、間接的にフレデリクさんの恩返しになります、よね……?」
「それだよ、なんで俺の恩返しになってんの!?」
少しだけ声を張り上げたフレデリクさんは、はああ、と大きなため息を吐いた後、私の両頬にあった手を離したかと思ったら私を抱きしめていた。
「!?」
顔がぐわっと熱くなる。
「あのあのあの」
「ごめん、もう少しだけこうさせて」
突然の抱擁に、私の両手の行き場がない。
ドキドキドキドキと心臓も高鳴る。現状の把握に頭が追いつかない。
初めての異性の抱擁は、こんなに大きくてこんなに安心しちゃうものなんだろうか。
しばらくしてフレデリクさんが離れると、体温が少しずつだけ下がっていく感覚が妙に生々しく感じられる。
「アリアにもまた、大きな恩ができちゃうな。でも、もっと自分中心で考えていいんだよ」
フレデリクさんの言葉に、私はようやく、フレデリクさんの喜びの意味を理解した。
自分の意思よりもフレデリクさんを優先したかのように思われたのかもしれない。
でもそれは違う。
「いいえ、私の本心から、そうしたいって思ったんです」
ドキドキする心臓を落ち着かせながら、私は続ける。
「これまで、目的もわからないままただ目の前のことを頑張るだけだった私を、フレデリクさんは褒めてくれたし、評価もしてくれました。それがどれだけ嬉しかったか」
勉強を教えてくれた日々を思い出しながら、言葉を紡ぐ。
「フレデリクさんが教えてくれることは、いつも私の価値観を変えてくれるんです。今のお話を聞いて、ああ、ようやく私の選択に意味ができるんだって気づくこともできたんです。だから、いつも私を教え導いてくれるフレデリクさんに、私の方こそ恩返しがしたいって思っただけなんです」
このドキドキした気持ちは、目標が見つかったことによる高揚感と、それと──
「私頑張ります。自分をもっと好きになるためにも、フレデリクさんに感謝の気持ちを伝えるためにも、ペルフェッタを目指そうと思います」
フレデリクさんに対するこの気持ちを、自信もって伝えられるようになるためにも。




