11 卑怯者
今期の授業のメインは飛行術にした。次回の適正魔法検査も飛行術で受けようと思う。
飛行術の授業は実践よりも座学の方がずっと多い。交通ルールを叩き込むことが最初のステップだからだ。
実技はルールを叩き込んだ後、段階的に行われる。飛行術に憧れる人々は多いけれど、座学でのルールの多さで挫折してしまう人も多いのだ。そのため、実際に空を飛ぶ魔法師は割合から見て少ない。
最終段階は少ないのだが、座学段階では人数が多いので、教室の机は埋まっている。隣り合う人が必ずいるような状態だ。
だから、私の隣にも飛行術を受ける生徒が座っているのだが
「アリアさん惜しかったね、1問間違いだったよ」
「あ、ありがとうございます」
「私のはどうだった?」
「全問正解でした」
「ふふ、やった。私たちは優秀コンビだね」
隣にはナダルさんがいて、人口過密の教室で視線を一点集中させている。
彼の持つ青髪は我が国でも珍しい。その上、背が高くスタイルも良いので、自然と視線が集まるし、彼が皇族の一人であるという事実はとっくのとうに周知のものになっているから、学園の生徒たちの興味関心が尽きないのだ。
そして、隣にいるあの子はなんだ? という視線も。
私が一番、この状況はなんなんだ? と思っているとも知らずに。
交通ルールの小テストをナダルさんに返して、私の手元にも一問だけ赤が入った小テスト用紙が返される。
隣同士だから採点し合っただけにすぎないが、ナダルさんが気さくに話しかけてくるし、なんなら授業が終わっても隣を歩いてくれるので、いつの間にか私は「なぜか第三皇子に気に入られている女子生徒」という肩書きになってしまった。
私自身、友人がいなかったし、恐れ多くてナダルさんに話しかける人もいないし、遠巻きにされている。
でも正直、ナダルさんが一緒にいてくれるのは嬉しい。
ナダルさんが編入してからの1週間、今まで知らなかった学園生活の楽しさを感じている。
居心地の悪さも同時にあるけれど、勉強に大きな支障はないから気にしないことにしている。
「お昼ご飯はどうするの? 今日もお弁当?」
「は、はい」
「じゃあガーデンで食べようよ。私は新作のパニーニが食べたくて」
ガーデンも5回目とかになるので、すっかり常連ヅラして入るようになってしまった。もちろん、場違いなことは私自身が一番わかっているんだけれど。
そうしたロイヤルな日常に一転して、授業のカリキュラムも組み直されたせいか、試験前と今とでは生活が一変したような心地だ。
フレデリクさんも、まだ帰ってこない。
お昼を終え、ナダルさんは皇室での用事があるみたいで早退をした。
久しぶりにぽつんと一人に戻る。ナダルさんがいなければ、視線集中も無い。そう、思っていたのだけれど、治療魔法基礎の教室に入ると、結局じろじろと観察されるような視線に晒され、集中力が削がれてしまった。
「ネーロさん、サンプルの数にも限度があります。次は壊さないように」
「申し訳ありません……」
簡易治癒魔法でも修復の様子が見れる、ガラスでできた植物細胞のサンプル板。観察する前に震える手のせいで落として割ってしまい、嫌な注目を浴びてしまう。
「なんでこの人が……」
教卓から机に戻るまでに、そう囁く誰かの声が耳に入ってしまう。
自分が一番それをわかっているというのに、言葉にされると改めて傷つき、どこか惨めな気持ちになる。
隣にナダル様がいるだけで、私自身は前からずっと変わっていないのだから、当たり前だ。
───それでも
『良い魔法師になりたいんだろう?』
フレデリクさんの言葉を思い出して、胸を張る。
授業が終わってあとは帰るだけになった。
立ちあがろうとしたその時、同じ教室にいた女子生徒が私の机に影を落とした。
「ネーロさん、聞きたいことがあるんだけど」
顔を上げて見ると、彼女の顔に見覚えがあった気がした。
誰だったかな…………ああ、そうだ、この人はよくブランシュさんと一緒にいる人だ。声が大きく、明るい人なので、楽しそうだなと振り返ってみるといつもこの人が笑っているのを見た気がする。
目の前の彼女は笑顔ではなかったので、少し気づくのが遅れた。
「アリアちゃんと同じ名前なのを利用して、ナダル様に取り入ったのってマジなの?」
「……え?」
彼女のはっきりとした声色で発せられる質問に思考が固まった。
「だって、アリアちゃんがナダル様と仲良くなるのは理解できるけれど、貴女が隣に立っているのは変でしょう? 気になって聞いてみたら、アリアちゃんに会うはずだったのが間違えてネーロさんになってて、って話だったから」
「それは、そうだったけど、でも取り入るとか利用とか、そんなことはしてません」
まるで卑怯者だと言わんばかりの口ぶりだ。
これ以上振り回されたくない。そう思って、私は少し強めに反論する。
「意図してナダルさんと縁ができたわけじゃありません。本当に偶然です。確かにきっかけはブランシュさんと間違えたことだったかもしれませんが、ナダルさんは私を一人の生徒として接してくれているだけですし、私も同じ気持ちで共に勉強しているにすぎません。それに」
私が言いたいのは
「私だって『アリア』です。生まれてからずっと。アリアという名前はブランシュさんだけのものじゃありません」
「……!」
ブランシュさんのご友人は何か言いたげだったけれど、二の句を継げずに押し黙った。
きっと、彼女も、アリアという名前に対して私がここまでコンプレックスを抱いていることを知らなかっただろうし、ブランシュさんへの正義感を持って私に声をかけてくれたのだろう、と想像できる。
しかし実際、彼女の言う内容には虚偽が含まれているし、私は言われたままでいるのはもう嫌だった。
「ブランシュさんが何か不快な思いをされているとしても、私には関与できない話です。私は元々、ブランシュさんと関係のない人間ですから」
ただ、名前が同じなだけ。
ただ、ブランシュさんが優秀で、第三皇子の事件に関与していただけ。
いろんな事実が偶然重なって、今の状況が作られているとしても、私はただ、懸命に学園生活を過ごしているだけ。
何かを制限される謂れはないはずだ。
「すみません、失礼します」
はっきりと否定した私を察してか、彼女は黙ったままだった。そんな彼女をみかねて、私はさっさと教室を後にした。
こんなに自分の意見を、マイナスの感情を抱いたままぶつけたことは初めてだったからだろうか。
トボトボとした足取りの中、胸が痛い気がして俯いてしまう。
実力とアンバランスな今の私の知名度。
この溝を埋めるためにはどうすればいいんだろう。
ギャップがあるからといって、ナダルさんとの交流を断るのは、彼からの親切も無下にしてしまうし、不敬にもほどがあるからできない。
「頑張るしかない……」
薄暗くなってきたアパート付近の路地で、ぽつりと声に出す。
もっと勉強しなくちゃ。もっと誰も文句が言わないくらい、頑張っている姿を見せなければ。
「何を頑張るって?」
その時だった。
私しかいないと思っていた場所で、声をかけられたものだから、びくりと体が跳ねた。
振り返ると、ちょうど西日が差し込む交差路に、一人誰か立っている。
オレンジに照らされている銀髪は、彼しかいない。
「フレデリクさん!?」
思わず大きな声をあげて、走り出してしまう。
駆け寄った私が坂道になっている地面で転びそうになると、フレデリクさんは大きな手で私の腕を外からがっしりとつかみ、受け止めてくれた。
「ご、ごめんなさい勢いづいて……」
「俺がいてよかった」
「ていうか今までどこに行ってたんですか!? 私もお父さんもいっぱい心配してたんですよ」
「本当に? 心配してくれたんだ、嬉しい」
どこか照れくさそうに、口角を上げるフレデリクさんとバッチリ目があって、なんだか照れてしまう。
まるでこれじゃあ、私がめちゃくちゃフレデリクさんに焦がれていたみたいな……いや、会いたかったのは、本当だけれど。
「俺が何してたかよりも、良い報告があるんだよ」
そう言ってフレデリクさんは、触れたままの私の左腕を優しくひっぱり、どこかに連れて行こうとする。
しかし向かう先はいつもの私の帰路と全く同じ。どころか、入った建物も私のアパートそのものだ。
家に帰るのかな? と思ったら、私の住むフロアよりも上の方へ階段を登り続ける。
それに従っていくと、最上階である6階の部屋の前に辿り着いた。
「まさか」
「そのまさか。今日からここが俺の家」
フレデリクさんは扉を開ける。まだ何も置かれていないまっさらな部屋が、西日のオレンジ色に染まっていた。




