―第0️⃣8️⃣8️⃣話― 【カナダ短期留学】大物の息子——と、それを超える、大物。
明日、息子が、カナダへと旅立ちます。
約二週間の、短期ホームステイ。行き先は、バンクーバー。
日本が灼熱の夏真っ盛りだというのに、あちらは、とても過ごしやすい気候なのだとか。Windyで見比べても、こちらより気温が十度は低い。残される家族三人、正直なところ、恨めしそうな目で、息子を見送ろうとしている次第です。
■ 動じない、息子
さて。そんな中、当の息子はというと——これが、淡々としすぎている。まるで、動じていないのです。
私の心臓が、小さすぎるのでしょうか。初めての海外、という息子の立場で考えれば、私なら不安で仕方がないところ。ところが本人は、どこ吹く風。準備も、親に言われるがまま。どこか他人事のように、構えているのです。
一応、旅程そのものに、不安はありません。大手の旅行会社と、息子の通う高校がタッグを組み、参加する生徒たちのために、スケジュールもカリキュラムも、細やかに用意されている。そこは、実によくできているのです。
けれど——現地では、たった一人で、カナダのご家庭にお世話になる。
最初のあいさつ。自己紹介。そして、日々の何気ない会話。「トイレはどこですか」「喉が渇きました」——その一つをとっても、私なら、事前に言い回しを仕込んでおかないと、落ち着かない。それを、ケセラセラで受け流す息子を見ていると。
……これはもしや、まだ見ぬ、未完の大物が、ここに爆誕しているのでは。
そう、思わざるを得ないのです。
いっそ、このホームステイが、彼の眠っている何かを、揺り起こしてくれたら——と、願うばかりです。
■ やきもきする、妻
そんな鷹揚な息子に、私以上にやきもきしていたのが、妻でした。
「あなた、洗顔料は用意したの?」
「ティッシュ、日本みたいに気軽に使えないかもしれないから、持っていきなさい」
「下着に、穴なんか空いてないでしょうね」
一つ一つ、逐一、鋭い突っ込みを入れていく。息子は面倒くさそうに答えながらも、思い当たる節のある部分については、渋々、従っておりました。
私では気づかない点にまで、目を配る妻。石橋を叩いて、叩き割ってしまうほどの、あの心配性。それが、こういう時ばかりは、実に頼もしい。久々に、妻の生真面目さが功を奏している気がして、私は、すっかり安心しておりました。
……この時までは。
■ 妻の、「お願い」
今日は、最後の準備の日。
朝から、妻がひとしきり口を酸っぱくしてアドバイスをした、その直後のこと。ふいに、ニヤリと笑って、息子に、こんな「お願い」を切り出したのです。
「バンクーバーって言えばね。今、Snow Manのめめが、いるのよ。もし見かけたら、絶対に、写真撮ってきなさいよ」
……そうです。
うちの妻が、息子の心配をし、その無事を願って準備に余念がなかったのは——決して、母の愛だけでは、なかったのです。
Snow Manの目黒蓮さんが、ハリウッド製作のドラマ『SHOGUN 将軍』シーズン2の撮影のため、バンクーバーに長期滞在中。その同じ街へ発つ息子に、「もしかしたら、ニアミスするかもしれない」——その一点に、淡い期待を込めて。せっせと恩を売り、着々と、『写真係』の布石を打っていたわけです。
ちなみに、我が家では本来、Snow Manは箱推しされているのですが、妻と中学生の娘の一番の推しは目黒蓮さん。普段は妻のその手の話には「デリカシーがない」などと反発する娘ですが、このときばかりは、同じ顔でニヤリと笑っていました。
血とは恐ろしいものです。
■ さて、我が家の大物は
旅立つ息子は、未完の大物。
けれど。その息子を、あの手この手で「写真係」に仕立て上げてしまう妻は——正真正銘、完成された大物。
我が家で一番の大物は、いったい、誰なのか。
……その答えは。息子が海を渡ろうと、やはり、変わらないのでした。




