―第0️⃣8️⃣7️⃣話― 【三者面談】息子の約束——夢は弁護士、現実は朝九時半。
夏休みを前に、子どもたちの三者面談が、それぞれありました。
我が家には、いつの頃からか、こんなルールがあります。娘の面談には妻が行き、息子の面談には、私が行く。
一見すると、母は娘、父は息子と、同性同士で分担しているようにも見えます。あるいは、仕事のやりくりで、たまたまそうなったのだ、と。
……いえ。まったく、違うのです。
■ 妻が、娘の面談を選ぶわけ
理由は、実に単純です。
息子は、学校からお小言をいただくことが多い。娘のほうは、褒められることが多い。
つまり妻は——気持ちよく我が子の活躍を聞いて、褒められて、上機嫌で帰ってきたい。ただ、それだけのために、褒められるほうの面談を、しっかり自分のものにしているのです。
かくして私は、毎度、息子のお小言を、担任の先生と並んで拝聴する係、というわけです。
もっとも、私は、これで構いません。息子の悪いところ、本人が反省しているところを、直に聞ける。しかも先生のおっしゃることは、私が普段から口を酸っぱくして言っていることと、たいてい重なる。おかげで「ほら、みたことか」と、我が教育方針を裏付けられるのですから。
……ただ、まあ。少しばかり、恥ずかしい思いをするのも、事実なのですが。
■ 娘の夢には、手応えがある
娘の夢については、これまでにも、何度か触れてきました。将来は、漫画家になりたいのだそうです。
一時期はファッションデザイナーとも言っていましたが、小学六年生からは、はっきりと、漫画家。
面白いのは、当の娘が、漫画雑誌も単行本もろくに買わず、「この人だ」という憧れの作家がいるわけでもない、ということです。ただ、小さい頃から、絵が上手かった。親が褒めるより先に、まわりが認めてくれる。小学校の頃は、事あるごとに賞をもらっていました。
班ごとの学習成果を模造紙にまとめる時なども、余白にテーマのイラストを散りばめて、学習漫画さながらに、華やかに彩る。その役目は、決まって娘のものでした。そういう積み重ねが、いつしか「表現する人になりたい」という夢に、結びついていったようです。
ですから、面談で先生に褒められるのも、その絵のこと。漫画家という、正直、なかなか険しい夢を語っても、先生は大いに応援してくださる。地に足のついた手応えが、そこには、確かにあるのです。
■ ところが、息子の夢は
ところが、です。
息子の夢は——弁護士。
いえ、私がその手の士業に就いている、というわけではありません。しがない、サラリーマンです。
思えば、小学校の頃。ほんの少しだけ成績が良かった時期に、私が親の欲目で、「このまま勉強を続けたら、お医者さんになれるかもよ」と、発破をかけたことがありました。夢が漠然としていた時分には、「とにかく勉強しておけば、選べる道が増えるからな」とも。
ところが中学に上がると、小学校の頃のやり方では、成績はぱたりと伸び悩む。学年順位は、みるみる下がり、高校に入った今では——下から数えたほうが、早い。
にもかかわらず。あの頃の、漠然とした自信だけは、なぜか、健在なのです。曰く、
「お医者さんは、血が怖いから無理。だから、弁護士になる」
……なんとも、消去法です。
弁護士といえば、数ある国家資格の中でも、最難関の一つ。法科大学院や予備試験といった高い壁を越えて、ようやく司法試験にたどり着く。人によっては、医師の試験より険しいのでは、とも言われる道です。
その頂を、学年で下から数えたほうが早い息子が、先生の前で高らか「弁護士を目指す」と宣言する。
私は、なんとも言えない気持ちになるのです。
■ 息子の、約束
それでも、私は、応援してやりたいのです。
幸い、私のまわりには、地元で名士と呼ばれる弁護士の先生も、いらっしゃる。もし本当に息子が弁護士になるのなら、地元でのお力添えを、お願いすることだって、できなくはない。
……ただ、そもそも。その夢を、まだ応援していいものかどうか。私には、決めかねているのです。
そんな迷いを抱えた面談の席で。息子は、意気揚々と、こう宣言しました。
「中学までとは、違う自分を出す。だから夏休みは、平日と同じ時間に、自分で起きる。八時から、勉強する」
……なんとも、立派な約束です。
■ さて、時計は
そして、今日。
私は仕事が休みで、こうして家で、文章を打っています。
時刻は、朝の九時半。
——息子は、まだ、夢の中です。
昨夜も、遅くまで、部屋からスマホでYoutubeを見ていた音が漏れ聞こえていました。おおかた「違う自分」は、今ごろ夢のなかで、勉強でもしているのでしょう。
さて。私は、雷を落として、彼を叩き起こすべきでしょうか。
それとも——弁護士という、あまりにも大きな夢を見させる前に。今朝はもう少しだけ、目の前の、ささやかな夢を見させておいて、やるべきでしょうか。
……もっとも。
そんな格好のいいことを考えつつ、当の私も、彼を起こしに行くでもなく、休日の朝を、こうしてのんびり、文章書きに費やしている。
なるほど。息子が「違う自分」を出せないのは、案外、この父から受け継いだものなのかもしれません。
時計は、そろそろ、十時。
息子の立派な「約束」は、今日もまた、穏やかに、夢の中です。




