―第0️⃣8️⃣5️⃣話― 【夕食はカレー】作りすぎ——娘の「美味しいよ」の、本当の意味。
昨日、いろいろな想いを込めてカレーを作り、家族団欒で食べることができました。
我ながら、美味しくできたな——と、心の中で自画自賛していたら。娘から、「お父さん、美味しいよ」との声がかかりました。
娘は、気を遣う、とてもよくできた女の子です。
家族の誰も言わないのに、律儀に、毎回、そう言ってくれる。
■ 娘が「美味しい」と言うようになった、理由
実は、これには理由があるのです。
まだ娘が小さかった頃。妻が、手間ひまをかけた料理を作りました。ところが、誰も「美味しい」とも「凝ってるね」とも、言わなかったらしいのです。(この時、私はまだ、仕事から帰っていませんでした)
私が家に着くと、なにやら、殺伐とした雰囲気。
どうやら妻が、「少しは味わって、美味しいの一言でも言ったらどうなの!」と、爆発したようなのです。
後から娘にそっと聞くと——あまりに美味しかったので、無言でバクバク食べてしまったのだとか。
それこそ、最高の賛辞だと思うのですが。妻としては、黙々と平らげられるより、「美味しい」の一言のほうが、嬉しかったようです。
この一件が、娘の胸に、深く刻まれたのでしょう。以来、娘は、料理には必ず「美味しい」と言う子に、育ったのでした。健気なものです。
■ 父は「おかわり」で嬉しくなるタイプ
ちなみに、私はというと。
どちらかと言えば、言葉よりも、料理がどんどん減っていくほうが、嬉しいタイプです。
「おかわり」と言われたり、「足りないよ」「もう終わり?」と催促されたりすると、俄然、気持ちが乗ってくる。作り手として、これ以上の喜びはありません。
そんな性分なものですから、私はいつも、「足りない」と言われる事態を避けるべく、どうしても、多めに作ってしまうのです。
■ おかわりに、来ない娘
ところが、です。
最近の娘は、思春期の真っただ中。毎日、体重に一喜一憂しているものですから、「美味しい」と思っても、決して「おかわり」には、来ないのです。
分かっては、いるのです。
分かってはいるのですが、それでも、つい作りすぎてしまう。そして、娘の皿が空になると、期待を込めて、こう声をかけてしまう。
「おかわり、あるよ?」
「もう、いらない」
……つれない返事です。
そして、妻と子どもたちの三人は、そろって、アイスクリームやお菓子のほうへ、移っていく。
料理でお腹いっぱいになってほしい私と、「同じお腹いっぱいなら、いろんなもので満たしたい」という三人。この溝は、なかなか埋まりません。
結果——私は、作りすぎた料理を一人で食べ、一人、着々と体重を増やしていくのでした。
■ 娘の「美味しいよ」の、本当の意味
そんな、ある日のこと。
いつものように、娘が「お父さん、美味しいよ」と言ってくれました。私は、いつものように、心の中で照れながら、こう返そうとしたのです。「じゃあ、おかわりいらない——」と。
すると、娘が、私の言葉を遮るように、こう続けたのです。
「美味しいよ。……だけど、おかわりは、しないけどね」
……。
私は、雷に打たれたような気持ちになりました。
そうか。娘は、分かっていたのか。
父が「おかわり」の一言を待っていることも。その一言欲しさに、つい作りすぎてしまうことも。すべて、お見通しだったのです。
だから、娘は、実に巧妙な手を使っていた。
まず、母のように爆発されては困るので、「美味しい」の一言は、絶対に欠かさない。そのうえで、自分のダイエットを死守するため、「でも、食べない」と、やんわり牽制する。父の作り手としてのプライドを満たしつつ、自分の腹は一切、譲らない。
母の、あの日の爆発を見て育った娘は。「褒め言葉で相手を満たし、かつ自分の要求も一切曲げない」という、恐るべき交渉術を——いつの間にか、完璧に、身につけていたのです。
健気な子だと、思っていました。
とんでもない。あれは、健気なのではなく、父の扱い方を熟知した、手練れだったのです。
恐るべし、思春期。恐るべし、わが娘。
さて。今日も私は、一人分には多すぎる量のカレーを、二日目のアレンジで消費すべく、オムライスを作ってぶっかけ、カレーオムライスにするつもりです。
我ながら、名案です。
これなら、さすがの娘も「おかわり」に——。
……いや。どうせまた、「美味しいよ。でも、いらない」と、あの必殺の一言で、かわされるのでしょう。
分かっていても、作ってしまう。父とは、かくも、度し難い生き物なのです。




