―第0️⃣8️⃣4️⃣話― 【圧力鍋料理】今日のカレーが、辛くなる理由。
わが家には、圧力鍋が一台あります。
パール金属さんの、五・五リットル。結婚して間もない頃、私が買ったものです。
理由は、ひとつ。美味しいカレーを作りたかったから。
カレーには、人それぞれのこだわりがあるでしょう。スパイスにこだわる人、肉にこだわる人、野菜にこだわる人。
私の場合は——圧力鍋で、肉も野菜もトロットロに煮込むこと。ここだけが、譲れない一点です。
材料には、まるでこだわりがありません。割引になっていた肉を使い、冷蔵庫で眠っていた野菜を掘り出し、ルーは、子どもが辛いのを苦手とするので、市販のバーモントカレーの甘口。その辺りは、実に適当です。
ただし、圧力鍋を使い、トマト缶と野菜の水分だけで煮込む「無水カレー」に近い作り方。これだけは、頑なに守っています。
■ なぜ、今日この話をするのか
さて。なぜ今日、この話をするのか。
実は、私がカレーを作る時というのは——たいてい、何かイライラすることにぶち当たった時なのです。
肉を切り、野菜を刻み、圧力鍋にぼんぼん放り込む。そうやって、もやもやした気持ちを、少しだけスッキリさせている。カレー作りは、私にとって、ささやかな精神安定剤なのです。
そして、今朝。
実に、理不尽なことがありました。
■ 朝の、あおり運転
妻と娘が病院に行くというので、送迎を頼まれました。
診察を終えての、帰り道。前方を、一台の軽自動車が走っていました。
普通に運転していると、その車が、急に速度を落とし始めます。右手に細い路地が見えたので、曲がるのかな、と思っていたら——ハザードを焚いて、完全に停止。そして、運転席から、私と同年代くらいの男性が降りてきたのです。
どうやら、いわゆる「難癖型」のあおり運転でした。
案の定、私の運転席までやってきて、こちらは煽ってなどいないのに、「煽った、煽った」と騒ぎ立てる。ドライブレコーダーがあることを告げても、引き下がりません。それどころか、「警察を呼ぶぞ」「ぶっ殺す」と、物騒な言葉まで飛び出す始末。
それを聞いた妻が、一言。
「こっちが呼ぶわよ」
そして、その場で警察に通報を始めました。
すると、どうでしょう。あれだけ息巻いていた男性は、ハザードをつけたまま、慌てて車に戻り、走り去っていったのです。
……正当性があるのなら、そのままいればいいものを。
この件は、その後、警察に対応いただき、無事に解決しています。
■ 皆さんも、どうかお気をつけて
笑い話のように書きましたが、実際のところ、あの数分間は、釈然としない腹の立つ時間でした。
車内には、妻と娘がいる。相手は、明らかに冷静さを欠いている。しかも「ぶっ殺す」などという言葉が出てくる相手に、正論は通じません。
もし同じような目に遭われたら、どうか、これだけは覚えておいてください。
車から降りない。窓を開けない。ドアをロックする。そして、すぐに警察に通報する。
こちらに非がないことを証明したい、言い返してやりたい——そう思う気持ちは、痛いほど分かります。私も、そうでした。けれど、相手はそもそも、話が通じる状態にない。ドラレコを示しても、理屈を説いても、火に油を注ぐだけです。
今回、相手が逃げ出したのは、妻が通報を始めた瞬間でした。つまり、彼らが本当に恐れているのは、こちらの反論ではなく、警察なのです。
あと、ドライブレコーダーは、やはり付けておくべきです。今回は抑止にこそなりませんでしたが、後の対応で、決定的な意味を持ちました。前後록画のものを、強くおすすめします。
■ そして、私は断罪される
さて。問題は、この後です。
いえ、煽られたことも大問題なのですが。私にとって、より理不尽だったのは——こちらのほうなのです。
一件落着し、車内で人心地ついた頃。妻が、静かに言いました。
「……あなたが、悪い」
は?
何が悪いのか。車間距離は十分に取っていた。急に速度を緩められたので、確かに距離は詰まったが、急ブレーキなどかけていない。相手の速度に合わせて、緩やかに落としただけです。
「いや、煽ったと思わせるような運転なんて、一切していないぞ」
すると妻は、首を振って、こう言うのです。
「そうじゃないの」
「じゃあ、何が」
「あなたの、見た目が悪い」
……見た目。
実は、私。年齢の割に若く見えるうえ、優しげな童顔でして。よく、舐められるのです。
身長は高いほうなのですが、座高が低く、顔も小さい。だから、車の運転席に座っていると、小柄な男性に見えるらしい。立って横に並べば、背も高くガッチリしているので、それなりに威圧感もあるのですが——座っていると、それが皆無。そのため、こういう目に遭うことが、たびたびあるのです。
つまり妻の理屈は、「舐められやすい顔で運転しているお前が悪い」。
あまりにも、理不尽な言いがかりです。反論も虚しく、私は「私が悪い」という判決を受け入れることになりました。
……もっとも。
後から思えば、妻のあの一言は、たぶん、心配の裏返しだったのでしょう。あの人なりに、肝が冷えたのだと思います。舐められやすい夫が、家族を乗せた車で、あんな相手に絡まれた。その恐怖を、ああいう物言いでしか、表せなかった。
……いや。
やっぱり、理不尽です。ぶつけようのない、この気持ち。
私は今、黙々と、圧力鍋に肉と野菜を放り込んでいます。
今日のカレーは、いつもより、辛いかもしれません。
子どもたちよ。すまないが、ちゃんと食べてくれ。




