―第0️⃣8️⃣3️⃣話― 【著書紹介】頭が良いとは。——娘が借りてきた一冊の本。
有給休暇。
いつものように、ダイソンを唸らせながら掃除をしていた時のことです。
娘がいつも勉強しているスタディールームの、机の上。そこに、一冊の本が置いてありました。
『頭のいい人が話す前に考えていること』。著者は、安達裕哉さん。
どうやら、学校の図書室から借りてきたようです。漫画家を目指す娘が、こういうビジネス書を借りてくるとは。少し、驚きました。
■ 「話す前に、考える」ということ
娘に断りを入れて、さらさらっと読んでみました。
著者の安達裕哉さんは、現在、二つの会社を経営されている方です。webマーケティングを手がける「ティネクト」の代表取締役、生成AIコンサルティングを行う「ワークワンダース」のCEO。累計一億二千万PVを誇るビジネスメディア「Books&Apps」の運営でも知られています。
しかし、最初から順風満帆だったわけではないそうです。
筑波大学の大学院を修了後、入社したのはデロイト トーマツ コンサルティング。ご本人曰く、口下手で、決して頭が良かったわけでもない。「給料が良いから」という理由で選んだ道でした。
ところがコンサルタントというのは、その道三十年という企業の社長たちを相手に、若手が助言をする立場です。当然、最初はなかなか、聞いてもらえない。
これではいけない、と。それを機に、どうすればいいのかを真剣に考え、導き出したひとつの答え。
それが——話し方のテクニックではなく、話す前にどれだけ「相手のために考えたか」が、すべてを決める、ということでした。それを系統立てて、分かりやすく解説したのが、この本です。
さらっと読んだだけでも、なるほど、と唸らされます。海千山千の社長に向き合うコンサルタントの立場に限らず、人と関わって仕事をするすべての人に通じる話が、実に分かりやすく書かれている。2023年、2024年と、ビジネス書の年間ランキングで一位を獲得した実力は、伊達ではないと思わせる内容ばかりでした。
■ 息子と向き合う、私の姿
そして読み進めるうちに、私は、まったく別のことを考え始めていました。
息子のことです。
最近、どうしても、彼の一挙一動が気になってしまう。そして、気になったことを、すぐに口に出してしまう。
ところが、本書には、こうあるのです。
「怒りや焦りのまま口を開くと、人は必ず判断を誤る。まず六秒待つことで冷静さを取り戻し、思考の質を守る」
……なるほど。確かに。
息子に向き合う時、私はたいてい、冷静さを失っています。伝えたいことが、自分の感情によって曲げられ、真っ直ぐに届いていない。だから彼は、同じ過ちを繰り返すのかもしれない。本質を伝えきれていない、そこにこそ問題があるのではないか。
もうひとつ、こうも書かれていました。
「人と闘うな、課題と闘え」
論破は、知性ではない。相手を倒すのではなく、課題を一緒に解決する姿勢が、信頼を生む——。
これも、耳が痛い。息子と話していると、いつの間にか、彼の言い訳を封じ、自分の論理を通そうとする展開になっている。「なぜ彼はそうしてしまうのか」という課題そのものに、私はきちんと向き合えていない。信頼のない話は、相手に届かない。唸ってしまいました。
そして、決定的だったのが、これです。
相手に伝わらない時、人は「話し方が悪かった」「説明が下手だった」と思いがち。けれど、安達さんは言います。そうではない、と。
伝わらないのは、話す前に「考えきれていない」から。
「何を言いたいのか」
「なぜそれを言うのか」
「相手は何を知りたいのか」
「どこまで話せば十分なのか」
これらが整理されないまま話せば、どれだけ丁寧に話しても、伝わらない。
……図星でした。
私は、いつも「なぜそれを言うのか」ばかりが前に出る。肝心の「相手のことを考える」が抜け落ち、「相手は何を知りたいのか」「どこまで話せば十分なのか」に至っては、まったく置き去りです。
息子の過ちを注意する時も、そう。自分が言いたいことだけを話し、彼がなぜ繰り返すのか、そもそも彼はそれを過ちだと思っているのか——そこを理解せずに、話している。
これでは、どれだけ話しても、届くはずがありません。
■ なぜ、娘はこの本を
この本は、ビジネス書として異例の売上を記録していますが。
斜め読みした私には、どうにも「教育書」に思えてなりませんでした。息子と向き合う時の心構えとして、「話す前に考える」癖として。この本のヒントを、少しでも使えたら、と思った次第です。
——ところで、です。
読み終えて本を閉じ、私は、ふと思ったのです。
なぜ、漫画家を目指す娘が、この本を図書室から借りてきたのか。
なぜ、彼女は、あっさりと私に「読んでいいよ」と許したのか。
なぜ、その本は、私が掃除をする有給休暇の日に限って、私の目に留まる場所に、置かれていたのか。
……なぜ。
娘よ。まさか、お前は。
『頭のいい人が話す前に考えていること』を、この家で誰よりも読むべき人間が、いったい誰なのか——それを、分かったうえで。
今日は、眠れそうにありません。




