―第0️⃣8️⃣1️⃣話― 【酷暑日】暑さ対策——三万円の涼しさと、三万円の代償。
最近の異常な暑さは、いったい、いつまで続くのでしょうか。
昨日も全国的に暑かったですが、今日はそれにも増して暑くなりそうだと、朝から情報番組で盛んに言っていました。
今日は、中学二年生の娘が、夏休み前、最後の学校行事である校外学習のため、朝早くから電車で出かけていきました。電車代と併せて、途中で飲み物が欲しくなった時のために、少し多めにお金を渡して、送り出しました。
息子も、久しぶりにまじまじと見ると、真っ黒に日焼けしています。毎日、テニス部で頑張っているようで、ひょろひょろだった身体が、日焼けのおかげか、少しは男らしく見えてきました。
それでも、二人とも帰ってくれば、開口一番「暑い〜」の声。
無理もありません。私だって、出社時、朝八時頃の街角を歩くだけで、汗だくになるのですから。
■ 進化する、街の暑さ対策
最近は、通勤時に日傘を差す男性も、増えてきました。確かに、影があるだけでも、いくらか涼しい。
もう一つ、「空調ウェア」と呼ばれる、服の中に空気を取り込むベストを着て出社するサラリーマンも、よく見かけるようになりました。小型ファンを手に持つ女性は以前から見かけましたが、男性は、建築現場で着るようなあのベストを、そのまま通勤着にしている。あれの女性用があれば、女性はもっと楽だろうな、と思う次第です。
そう思っていたら、驚きました。
今は、「水冷式」の冷却ウェアまであるというのです。
私は、パーツを買ってPCを自作することもあるのですが——スペックの高いPCだと、CPUがかなりの熱を持つため、普通のファンでは冷やしきれない。そこで、水に熱を逃がして冷ます「水冷」という方法があります。
それを、服に導入している、というわけです。
調べてみると、なるほど、理にかなっている。ファン式は、外気温が高いと、結局は熱風を送り込んでいるだけになる。ところが水冷式は、氷水を循環させて直接冷やすので、外気温に関係なく冷える。
……そこまでの服が、必要な時代になったのか、と。今更ながら、思う次第です。
■ 三万円の、涼しさ
ただ、これが、なかなかいいお値段なのです。
ピンからキリまであるようですが、ちゃんとしたセットを揃えると、一着三万円前後。
でも、抜群に涼しいのだとか。
——というわけで、私はそっと、妻に聞いてみました。
「ほら。一家の大黒柱が、熱中症で倒れたら、まずいだろう? こういうのを着て仕事に行けば、その危険がなくなると思うんだよね〜」
我ながら、完璧な理論武装です。
すると妻は、珍しく、にっこりと微笑みながら、言いました。
「買いたかったら、買ってもいいわよ」
……まさかの、回答。
思わず、耳を疑いました。あの妻が、三万円の出費を、こうもあっさり。
しかし、続く言葉で、私の喜びは、一気に冷めることになります。
■ 三万円の、代償
「あなたがそれを買うのなら」
妻は、微笑んだまま、こう続けたのです。
「私、これ買ってほしいのよね」
そう言って差し出されたのは、某高級化粧品会社の、化粧品・美容液・乳液のセット。
そういえば、つい先日、一週間分の無料トライアルを取り寄せていたな——と思い出しました。どうやら、それがいたくお気に召したようで。
「セットで、三万円。これで三ヶ月は持つから。よろしくね」
……。
三万円の水冷ウェアを買えば、三万円の化粧品がついてくる。締めて、六万円。
しかも、化粧品は三ヶ月で消える。つまり、これは一度きりの出費ではなく、以後、三ヶ月ごとに三万円が飛んでいく「定期便」の始まりを意味します。
とても高くつく通勤ウェアになりそうなので——私は、そっと矛先を収めました。
その瞬間、妻がニヤリと笑ったのを、私は見逃しませんでした。
そうです。
押しても、引いても。最初から、私の負けは決まっていたのです。買えば六万円、諦めれば涼しさゼロ。どちらに転んでも、妻は損をしない。実に、見事な布陣でした。
さて。
三万円の水冷ウェアは、幻と消えました。
けれど、あの妻の「してやったり」の笑顔——あれを肴にすれば、この夏の暑さも、あとひと月くらいは、なんとか凌げそうな気がしています。
……いや。やっぱり、暑いものは、暑いのですが。




