―第0️⃣7️⃣9️⃣話― 【お茶】日々の飲み物——わが家のお茶と、紅茶を許されない父。
この時期、わが家では毎日、妻が、自分と子どもたちのために、お茶を煮出して冷蔵庫で冷やしています。
お茶といっても、煎茶や番茶のようなものではありません。地元の、さまざまな薬効のある植物がブレンドされた、いわば「十六茶」のようなもの。特定のスーパーや百貨店でしか扱っておらず、お値段も、そこそこします。
ただ、渋みが少なく、麦茶よりも、いかにも身体に良さそう。妻のこだわりで、このお茶が、数年前から、わが家の妻と子どもたちの常飲料になっているのです。
特に息子は、このお茶がいたく気に入っているようで、学校に持っていく水筒にも、必ず詰めていきます。
■ 息子の、巣立ちの願い
その「気に入りよう」が伝わる、わが家の面白い話が、ひとつあります。
ある日、息子の学校の参観日。私と妻が出席し、三人で車で帰ってくる時のことでした。
息子は、持っていった水筒の残りを後ろの座席で飲み干すと、助手席の妻に、こう話しかけてきたのです。
「お母さん。ボクが家を出ていったら、このお茶、引っ越し先に送ってね」
よほど好きなのでしょう。新天地での生活には、何をさておいても、このお茶が必要だと、妻に訴えるのです。
妻は、笑いながら答えました。
「確かに、そっちじゃ売ってないかもしれないけど。似たようなものは、どこにでもあるわよ」
「いや、ボクはこれじゃないとダメなんだよね。このお茶なら、ずっと飲んでられる」
私は、口を挟みませんでした。
ただ——息子が、わが家にずっと引きこもるのではなく、いわゆる「子ども部屋おじさん」になることもなく、いつか立派に、この家から巣立っていく未来を、当たり前のように思い描いている。そのことが、少しだけ、嬉しいような、ホッとしたような、そして、ほんの少し、寂しいような。そんな気持ちになったものです。
まだ高校生の息子が、もう「家を出た後」の話をしている。その、あっけらかんとした一言が、なぜか、じんと胸に残りました。
■ 父には、禁止令が出ている
さて、そのお茶。
二リットルの冷水ポットに入れて常備していますが、朝、水筒、夜と飲んでいれば、三人で一本半ほどは、軽く空きます。そのため、私には——禁止令が、出ているのです。
「あなたまで飲み始めたら、淹れるのが間に合わなくなるから。控えてね」
というわけで、私は自分の分だけ、別に用意することになっています。
少し前までは、毎日、水出しコーヒーを作り、私専用の冷水ポットに入れていました。ところが、カフェインが合わないのか、一日一リットル近く飲むと、少し気分が悪くなってくる。それでやめて、今は、紅茶を淹れて冷やすようになりました。
クセが少なく、味も好みですし、ほのかな紅茶の香りが、なんとも上品で。毎日、ささやかに楽しんでいるのです。
■ 上品な紅茶は、似合わない
今日も朝食に、マグカップに注いだ紅茶を飲んでいた、その時でした。
妻が、私を見て、こう言い放ったのです。
「……もしかしてあなた、右京さんでも気取ってるの? 朝から上品に紅茶なんか飲んでても、似合わないからね」
……。
言われてみれば、確かに。うちには『相棒』の杉下右京のように、優雅に紅茶を嗜む——という柄の人間は、私を含めて、一人もおりません。
しかし、考えてみてください。
そもそも、わが家のお茶に手を出すことを禁じられているのは、私です。仕方なく、別に自分の飲み物を用意している。それも、家族の誰にも迷惑をかけないよう、静かに、紅茶を。
それなのに、その紅茶にまで、ケチをつけられる。
家のお茶は飲むな、と言われ。代わりの紅茶は、気取っている、と笑われる。いったい、私は、何を飲めばいいのでしょうか。
仕方がありません。
私は今日もまた、この愛用のマグカップと、パソコンを相棒にして。誰にも理解されない、このやるせない気持ちを、そっと書き留めていくのでした。
——冷えた紅茶ですが、思いの丈は温かいままで、ね。




