―第0️⃣7️⃣4️⃣話― 【クレイジージャスミン】ハーブ——わが家の庭と、育てられなかったジャスミン。
私は友人に「どんな家に住んでいるのか」と聞かれると、決まって「ちっぽけな豪邸」と答えています。
片田舎ゆえ、土地が思いのほか安く、百坪を超える敷地に、それなりの邸宅を建てることができた。しかも、いろいろな縁が重なって、思っていた以上に安く建てられたのです。その「縁」については、いつかじっくり語りたいところですが——今日のテーマは、その邸宅の、ささやかな庭についてです。
■ 気づけば、林になっていた庭
とはいえ、最初から庭園風に造園してもらったわけではありません。
私がホームセンターであれこれ買ってきた木を植えたり、気まぐれにやってくる鳥たちが撒いていった種から、自然発生のように木が育ったり。そうしているうちに、ささやかな庭は、いつしか「林」のように、育ってしまいました。
すぐ脇を、そこそこ車の行き交う市道が走っている。その道沿いに、突如として、雑多な緑の茂る一角が現れる。遠目にも、なかなか「自然」を感じさせる庭です。
その分、夏になれば、セミがたっぷりとやってくる。存分に青春を謳歌し、産卵していき、七年後にはまた、見事な鳴き声を聞かせてくれる。わが家の庭は、そんな「夏のオーケストラ」を抱えた、賑やかな場所になりました。
そんな庭に、私はレモン、夏みかん、ヤマモモ、各種の梅、カリン、ザクロ、ブルーベリー……と、果樹をせっせと植えて楽しんでいます。……いるのですが、家族がまるで手を伸ばさないため、大半が「無用の長物」と化しているのが、実情です。
■ 実用性を求めて、ハーブへ
それならば、と。今度は「実用性」に特化させようと、ハーブ類を植え始めました。
最初は、簡単に増えると聞いて、レモンバームと、各種のミント。香り豊かで、趣味の製菓に使えて、重宝しました。
次に、ローズマリー。これも魚料理を中心に、肉料理にも使えて、今も現役です。
これらは、何も手を加えずとも勝手に育ってくれる。楽なのはいいのですが、ずぼらな私の庭いじりも相まって、今ではもう、我が物顔で庭中に自生している始末です。
木では、月桂樹を植えました。これが今や、五メートルを超える巨木に育ち、「さて、どうしたものか」と持て余すほど。それでも、カレーやスープに重宝するので、まあ、良しとしています。
ある程度、ハーブを使いこなせるようになった。そこで私は、少し「冒険」をしてみることにしたのです。
■ 届かなかった、ジャスミン
ジャスミンを植えて、自家製のジャスミンティーを作ってみよう、と。
実は私の中に、「作れそうで、なかなか手が届かない、いつか挑戦してみたいもの」が、二つあります。自家製の桂花陳酒と、自家製のジャスミンティーです。もちろん、桂花陳酒のために、金木犀も、すでに植えてあります。
そして、ジャスミン。
ところが——これが、何度試しても、夏を越えられないのです。
わが家は、何もしなくても植物がよく育つ、いわば「植物天国」。雨も多く、水やりの手間もそうかからない。それなのに、ジャスミンにとってだけは、どうやら過酷な土地らしい。
日当たりが良すぎるのが、いけないのでしょうか。ジャスミンは日当たりを好むと言いますが、当たりすぎるのも良くないそうで、なかなか気難しい。年中よく陽の当たるわが家の庭は、ジャスミンにとっては、かえって「毒」のような環境のようなのです。
何株植えても、枯らしてしまう。失敗を繰り返した末、私はとうとう、ジャスミンを諦めたのでした。
■ ジャスミン狂いの、彼我の差
そんな、ほろ苦い記憶。
先日、ふと、それが蘇る出来事がありました。「クレイジージャスミン」なる商品が流行っていて、品薄になっている、というニュースです。
てっきり、私と同じように苗を育てる話かと思いきや——これが、なんと「香水」でした。あの、お茶で有名な伊藤園さんが手がける、ジャスミンの香りに特化したフレグランス。ジャスミン茶づくりの知見を活かして、咲きたての花の香りを再現したのだそうで、たいそうな人気だとか。地元の鶴屋でも、ポップアップをやっていたと聞きます。
なるほど、香水か、と感心して記事を読み進めて——私は、静かに膝を折りました。
なんでも、このブランドを立ち上げたのは、伊藤園の社員さん。自宅で、十一種類ものジャスミンを育てるほどの、筋金入りの「ジャスミン愛好家」なのだそうです。
……十一種類。
私は、たったの一種類すら、夏を越させることが、できなかった。
同じ「ジャスミンを育てたい」という思いを抱きながら。かたや、十一種類を見事に育て上げ、その愛を香水という形にまで昇華させた人がいる。かたや、何株も枯らして、すごすごと白旗を上げた、私がいる。
この、彼我の差たるや。
いつか、仕事から解放されて、庭に専念できる日が来たなら。その時こそ、あのジャスミンに、もう一度だけ、挑んでみたい。
——せめて、香水を買って諦める前に、ですね。




