―第0️⃣7️⃣3️⃣話― 【Netflix限定】妻が、「ガス人間」を一気見してしまいました。
妻は、根っからの「新しいモノ好き」のミーハーです。
結婚する前から知っていました。かれこれ二十六年、間近で見てきましたから。それ自体は、いいのです。
問題は——その「好き」には、決まってお金がかかる、ということです。
■ 妻の「好き」の、歴史
たとえば、映画。
話題作があれば「観に行こう、観に行こう」と言う。若い頃、まだ給料が低かった時分には、これがなかなかの負担でした。
たとえば、アーティスト。
その昔、ナインティナインの岡村さんが、番組の企画で「オカザイル」と名乗り、EXILEの仮メンバーとしてコンサートを手伝う、というコーナーがありました。あれでEXILEに触れた妻は、その年の暮れのコンサートに——私は行かないのに、チケットだけ取らされ、送迎までさせられた。今でも、わが家の語り草です。
たとえば、エステ。
今でも、あれこれ化粧品を買っては試す。そして「これは自分に合わない」と思った化粧水は、私に強制的に下げ渡される(もちろん、代金の徴収付き)。挙げ句、パート仲間から「新しくできたエステが評判いい」と聞けば、勝手に契約し、私に支払いをさせる始末です。
数々の伝説を打ち立ててきた妻に、娘とともに、ため息をつく日々。
——ただ、最近は、いいものが登場しました。
サブスクです。便利で、オトクで、そして何より「観せておけば、とりあえず安心」。休みになればYouTubeを観ながら家事をし、ご飯を食べながらNetflixを観る。それが、わが家の当たり前の日常になりました。
■ 運命の、一日
さて。その妻が、今まさに絶賛ハマっているのが、Netflixの『ガス人間』です。
コマーシャルで案内されるたびに「絶対、観る」と意気込んでいたのですが——今日、たまたま、パートが休み。
早速、朝の家事とともに、一気見を始めました。
聞けば、台所に立って、晩御飯の下ごしらえ、子どもたちの弁当の仕込みを始めたのが、朝九時頃。そこから、第一話の再生開始です。
魅力あふれる役者陣が、個性的で、かつ重厚な役どころを演じている。時にコメディタッチに崩す演技が、すっかり妻の心を鷲掴みにしたようです。
途中、休みの理由であった娘の三者面談で中座した時間を除いて、一日中、ダイニングのテレビは『ガス人間』を映し続けました。私が帰宅した十八時過ぎには、もう、最終話である第八話が流れていたのです。
■ 途中から観る者の、悲哀
当然、私は一話も観ていません。話は、何がなんだか、さっぱりです。
しかも、途中から観ると、これがまた、ツッコミどころの多い作品でして(良い意味で、です。途中参加だと、SFチックな展開が、何がなんだか掴めないのです)。
つい、口を挟んでしまう。
「え、この人、誰?」「なんでガスになるの?」
そのたびに、妻から鋭く飛んでくる、一言。
「シー。黙って」
仕方がないので、私は、同じく最終話の強制視聴を強いられていた娘と二人、乏しい映像情報だけを頼りに、小声でツッコミ続けたのでした。
謎を残したまま、物語は幕。続きがあるのかどうかは、分かりません。少なくとも私の抱いた疑問は——一話から観ていない以上、永遠に、謎のままです。
■ 食卓の平和は、まだ遠い
ようやく、静かになったダイニング。
さあ、これでゆっくり晩御飯が食べられるぞ——と思った、その矢先。妻が、こう言いました。
「さて。『九条の大罪』の続き、観なきゃね」
「あ、でも、『VIVANT』も、もう一回観たかったんだよね」
……。
サブスクなら、安心。観せておけば、大丈夫。
そう思っていた時期が、私にもありました。
けれど、よく考えれば。映画も、コンサートも、エステも、次から次へと乗り換えてきた、あの妻です。サブスクだからといって、一作で満足するはずが、なかった。
かつて、財布が心配だった妻の「好き」は、今、私の「静かに晩御飯を食べる時間」を、着々と侵食し始めている。
落ち着いてニュースと天気予報を眺めながら夕飯を食べる、あの平和な十八時。
それが戻ってくるのは——どうやら、もう少し、先になりそうです。




