―第0️⃣0️⃣7️⃣話― 鉄人の父が唯一敗北したもの。それは、馬の好物と母のひと言
唐突ですが、私は「にんじん」という野菜に、不思議な縁を感じています。
縁というと少し大げさに聞こえるかもしれませんが、仕方ありません。
私がそう感じるのですから。
私とにんじんを結ぶ、三つの物語をお話しします。
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一つ目の縁は、小学生の頃に出会ったフランス文学、
ルナールの小説『にんじん』です。
当時はシャーロック・ホームズに熱中していた時期。
全巻読み終えてしまい、燃え上がる読書欲を満たすために手に取ったのが、
その本でした。
母親から理不尽な扱いを受ける主人公の少年に、
胸を痛めると同時に、必死に生き抜こうとする彼の強さに、
子供ながらに深い共感と尊敬を覚えたものです。
幸い、わが家の「母上」はそんな理不尽な振る舞いはしませんでしたが(笑)、
あの一冊があまりに強烈だったせいで、今でもにんじんを食べるたびに、
ふとあの少年を思い出すことがあります。
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二つ目の縁は、妻とにんじんの深い関係です。
といっても、彼女が「三度の飯よりにんじんが好き」というわけではありません。
彼女は「にんじんは健康に良い」という信念を持っていて、
あらゆる料理にそれを投入するのです。
結婚当初は、高価な業務用ジューサーで毎朝
「にんじんとりんごの生搾りジュース」を振る舞われました。
最近は、ジューサーを洗う手間を惜しんでか、
「にんじんしりしり」が毎晩の食卓を彩る「オレンジ色の使者」
となっています。
とにかく、わが家の食卓ににんじんが欠ける日はありません。
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そして、三つ目の縁。これが一番の難題かもしれません。
私の父は、大の「にんじん嫌い」なのです。
自動車整備士として働き、野球やマラソンで鍛え上げた強靭な肉体を持つ父。
息子として鼻が高い、自慢の「鉄人」でした。
ですが、こと「にんじん」に関しては、子供だった私よりも弱かったのです。
カレーの中のにんじんはもちろん、あらゆる料理に潜むにんじんを、
ことごとく残そうと奮闘していました。
しかし、そのたびに母から放たれる
「子供たちが真似をするでしょ!」という必殺のひと言。
父はいつも、渋々そのオレンジ色の天敵を口に運んでいました。
一度、理由を尋ねたことがあります。
「どうして、そんなに嫌いなの?」
父の答えは意外なものでした。
「昔、家で飼っていた馬がにんじんを食べていたんだ。
あれは馬の食いもんだと思っていたからな」
……母に言わせれば、単に「味が嫌いなだけ」だそうですが(笑)。
そんな父も今年、81歳の「半寿」を迎えます。
鋼のようだった肉体もすっかり細くなり、
背中も随分と小さくなったように感じます。
けれど、私にとってその存在は、昔と変わらず偉大です。
——にんじんを残そうと必死だったあの姿を除けば、ですが。
今日の夕飯も、きっと食卓にはオレンジ色の使者が並ぶことでしょう。
父の奮闘を思い出しながら、ありがたくいただこうと思います。




