―第0️⃣6️⃣6️⃣話― 【一枚上手】上には上がいる——わが家の、にわかファンの頂点。
わが家の子どもたちにとって、FIFAワールドカップ2026は、話題として注目はしても、熱を帯びるものではないようです。
連日、SAMURAI BLUEの活躍や今後の期待がニュースで報じられても、興味があるのは結果だけ。息子はテニス部、娘は美術部ですから、まあ、仕方がないのかもしれません。
私自身も、普段、地元のサッカーチームを応援に行くようなこともない、にわかファンです。人のことは、言えません。
しかし——私よりも、上には上がいました。
わが妻です。
■ 「2時に起きる」
「ねぇ、お父さん。次のブラジル戦って、地上波で放送されるの?」
日曜日、妻が急に、そんな話を切り出してきました。
「確か、フジテレビでやるって話だったけど」
「何時から?」
「現地時間の正午って話だったから、日本だと……」
調べると、深夜2時キックオフ。
「なるほどね。分かった。2時に起きる」
私でさえ諦めた、深夜2時からの観戦を、妻は試みるというのです。
昨晩は、夕方からてんやわんやでした。妻は子どもたちに、てきぱきと指令を飛ばします。
「お弁当箱、早く洗いたいから、すぐ出して」
「お風呂、一番に入るからね」
「9時には寝るから、静かにしといてよ」
本人は、至って真剣。深夜2時に起きて観るため、すべての準備を整え、宣言通り、9時にはぐっすり眠ったのでした。
■ キャプテン翼を、見ていたから
寝静まったあと、私は子どもたちと、顔を見合わせました。
「お母さんって、サッカー好きだったっけ?」
「お母さん、サッカーのルール、知ってるの?」
まあ、そう思うのも、無理はありません。
実は私も以前、本人に直接聞いたことがあるのです。妻は、真顔でこう答えました。
「だって、パート先のみんなが観るって言うんだもん。乗らないとね」
「ルール? キャプテン翼を見てたから、分かるわよ」
——さすが、わが妻。私よりも、一枚も二枚も上手です。
■ 1-0の歓喜、そして
私自身は、今日の仕事を考えれば、観る気はありませんでした。
ところが、自室で書き物をしているうちに、ウトウトと寝てしまい、気づけば2時過ぎ。そのままの勢いで、観ることにしたのです。
正直、私の予想では、先にブラジルに点を取られ、追いついても、追加点を許して負けるのでは……それを阻止できれば御の字、というところでした。
ところが、見事に外れました。
なんと、佐野選手の鮮やかなシュートで、日本が先制。そのまま前半を1-0で折り返したのです。日本中が沸き立っているであろう様子が、ありありと想像できました。
私は自室でこっそり観ていましたが、リビングからは、一人ではしゃぐ妻の声が漏れ聞こえてきます。もう、勝った気でいるようです。一緒に叩き起こされた猫たちが、観戦そっちのけで丸くなりながらも、その興奮で寝かせてもらえず、困り果てている姿が、目に浮かびました。
しかし——。
後半に入ると、ブラジルの猛攻が始まりました。
言葉を選ばずに言えば、先制点が、王国を本気にさせてしまった、ということなのでしょう。怒涛の攻撃に、こちらは毎回毎回、ヒヤヒヤしどおし。
それでも、守護神・鈴木彩艶選手の好セーブ、冨安選手の体を張ったブロック。日本の手堅い守備が光り、何度もブラジルを退けます。このまま守りきれるか——と思った、その矢先。
やはり、サッカー大国は、違いました。組織で守る日本に対し、ブラジルは、個の力で、こじ開けてくる。ついに同点に追いつかれ、最後は逆転を許して、1-2。
決勝トーナメント1回戦での、敗退が決まりました。
■ 強さを、見せつけた
ブラジルのほうが、一枚上手だった——ということなのでしょう。
ただ、今回のSAMURAI BLUE。棚ぼたのような勝ち上がりではなく、グループステージを全力で戦い抜いて掴んだ、決勝トーナメントです。
そして、世界最多5回の優勝を誇る王国を相手に、あわや、というところまで追い詰めた。負けはしましたが、確かに、世界にその強さを見せつけたと思います。
■ ブラジルより、一枚上手の人
その後、少し仮眠をとって朝、目を覚ますと、妻はもう、慌ただしく動き回っていました。
今日は、パートが休みの日。だからこそ、深夜の観戦もできたはず。
はて、急にパートの出勤でも入ったのかな、と思って聞いてみると——安定の、回答が返ってきました。
「今日は10時からエステ。それから、明日発売のSnow Manのブルーレイが、今日フライング入荷するから、買ってくる」
……いや。
ブラジルよりも一枚上手なのは、わが妻だと。
深夜2時に叩き起こされた猫たちと一緒に、私は改めて、思い知らされたのでした。
サッカーは結果がすべてかもしれませんが、わが家の主導権争いだけは——この人に、誰も勝てそうにありません。




