―第0️⃣6️⃣1️⃣話― 【地震発生】大きな地震に、三度遭って思うこと。
本日、六月二十五日の朝、岩手県沖を震源とする地震が発生し、青森県階上町で最大震度六強を観測しました。
幸い、津波被害の心配はないとのことです。
被害状況の詳細は、まだ十分には伝わってきていませんが、これから徐々に、家屋被害などを含めた状況が明らかになっていくのでしょう。
地震に遭われ、怖い思いをされた方。直接被害を受け、今まさに大変な状況にある方。そうした方々のことを思うと、胸が痛みます。
しかも、折しも梅雨の時期。地盤が緩んでいるこの時季の大きな地震は、土砂災害などの二次災害も懸念されます。どうか、これ以上被害が広がらないことを、祈るばかりです。
■ 三度の、大きな揺れ
こうした地震が起きると、私はいつも、自分自身のことを考えてしまいます。
というのも、私はこれまで、大きな地震を三度、その身で体験してきました。
一度目は、二〇〇五年三月二十日の、福岡県西方沖地震。当時、福岡で働いていた私は、立っているのもやっとの大きな横揺れに見舞われました。職場の棚という棚が倒れ、その復旧に追われたことを、今でも覚えています。
二度目は、二〇一一年三月十一日の、東日本大震災。
このときは、東京勤務でした。高層ビルの上階にいたため、揺れが収まった後もビルが長く揺れ続け、倒壊するのではないかと、本気で心配したものです。次々と入ってくる津波の被害情報、都内各地での火災や混乱。電車も止まり、家にたどり着いたのは深夜二時でした。ちょうど子どもが生まれたばかりで、夫婦で工夫しながら、食料やミルクを確保したのを覚えています。
そして三度目が、二〇一六年四月十四日の、熊本地震です。
東京から熊本へ戻り、家を建てた直後のことでした。
■ 度重なる被災が、教えてくれたこと
この熊本地震のとき、私たち家族は、いささか恵まれた状況にありました。
それは、過去二度の被災経験が、私たちに「備え」を促していたからです。
大きな地震のたびに痛感したことの一つが、水の確保の難しさでした。そこで自宅を建てる際、私たちは飲み水を自前で確保できるよう、地下水を汲み上げることにしたのです。熊本は阿蘇山系の地下水が豊富な土地ですが、浅い井戸では川の水などが混ざりやすい。そこで、地下七十メートルまで掘り下げ、清潔な水脈から取水できるようにしました。
「一生に一度経験するかどうか」の大地震を、すでに二度も経験している。ならば「二度あることは三度ある」かもしれない——。そう考えて、水を最優先に確保し、併せてオール電化と、十キロワット以上の太陽光発電を備えました。万一の際にも、自宅である程度は賄えるように、と。
その新居が完成し、引っ越したのが、二〇一五年の暮れ。地震のわずか三か月前のことでした。
地震が起きたとき、わが家は大きな損傷を免れました。
後で思い当たったのは、井戸を掘った際、業者の方に言われた一言です。「お宅は、固くて厚い岩盤の上に建っている」と。その頑丈な地盤が、結果的に、建物を守ってくれたのかもしれません。
「備えあれば憂いなし」とは、よく言ったものです。
■ だからこそ、思うこと
何度も大きな災害に直面してきた、という意味では、わが家は決して運がいいとは言えないのかもしれません。
けれど、その経験があったからこそ、できた備えがあった。そして、その備えに、確かに助けられた。
だから、声を大にして言いたいのです。
天災は、いつ、どこで、誰の身に起きてもおかしくありません。今日、東北で被災された方々も、昨日まではいつもと変わらない日常を過ごしていたはずです。それは決して、他人事ではないのだと。
今日は、九州でも水害の危険が呼びかけられています。地震だけでなく、この国には、さまざまな災害があります。
特別なことでなくても構いません。水を少し多めに買っておく。家族で避難場所を確認しておく。その小さな一歩が、いつか自分や大切な人を守ることになるかもしれません。
今日被災された地域が、一日も早く落ち着きを取り戻しますように。
そして、これを読んでくださっている皆さんが、どうか無事に、安全に過ごせますように。心から、そう願っています。




