―第0️⃣5️⃣3️⃣話― 【祝】6月17日生まれ、憧れの人たちと親バカな夢。
6月17日は、私にとって特別な日です。
まあ、もったいぶっても仕方がないので、サラリと言ってしまいます。この日は、私の誕生日です。
幾数十年前、この世に「おぎゃ〜」と産声を上げた、記念すべき日なのであります。
誕生日を迎えると、毎年いくつか、ふと思い出すことがあります。今回はそんな、とりとめのない話にお付き合いください。
■ 生まれた産院の、その後
思い出すことのひとつが、私が生まれた産院の話です。
私は、今住んでいる場所とは違う、九州の片田舎の出身です。
その地には、当時、病院があまりありませんでした。風邪をひいたらこの病院、怪我をしたらこの病院、耳鼻科ならここ——と、行く病院がだいたい決まっている。そんな土地です。そして、それは産院も同じでした。
私が生まれたのは、その片田舎の、さらに片隅にあった産院です。
当時、近隣に産院はそこを含めて2、3か所しかなく、中でも「腕がいい」と評判だったのが、私の生まれた産院でした。そのため、同級生のほとんどが、この同じ産院で誕生していたのです。
時々、郷里に戻った際、その産院の近くを通ります。
当時のままの、古びた看板。塗装が剥げ、セメントが剥き出しになった外壁。年々、寂れた印象が増していました。少し前までは後継者の方が継いで、細々と続けていらしたと聞いていたのですが——先日帰った時、とうとう、閉院していました。
生まれた時のことなんて、もちろん覚えているはずもありません。それでも、自分が生を受けた場所というのは、なんとなく神聖なもののようで、ひそかな思い入れがあったのです。
ちなみに、息子と娘が生まれたのは、東京の産院でした。
その産院も、先生がご高齢のため、娘を取り上げていただいた後に、閉院されました。
自分の産院と、子どもたちの産院。なんとなく似通ったその「運命」に、少しだけ、しみじみとした気持ちになるのです。
■ 誕生日が同じ、あの人たち
もうひとつ思い出すのが、私と誕生日が同じ方々のことです。
有名なところでいけば、嵐の二宮和也さん。
これを毎回、私が妻に得意げに言うものですから、そのたびに妻から、鬼の形相で「誕生日が一緒でも、あなたとは違う」と、お説教を食らっております。……はい、おっしゃる通りでございます。
それから、声優であり、俳優・タレントとしても活躍される、山寺宏一さん。
アニメ好きの私は、本当に数えきれないほど、いろんな作品で山寺さんの声に出会ってきました。テレビでお見かけするたびに、憧れを通り越した「親近感」すら覚えてしまいます。(もちろん、あの七色の声と私を比べるのは、二宮さんの件以上におこがましいのですが)
■ 「やってやるぜ!」に憧れた、あの頃
そして、私が学生の頃に一番強く意識したのが、同じく声優の、矢尾一樹さんです。
ちょうど私が中学生くらいの頃、『超獣機神ダンクーガ』の藤原忍役を演じておられました。あの決め台詞、「やってやるぜ!」が、とにかくカッコよくて、憧れたものです。その後、『機動戦士ガンダムZZ』のジュドー・アーシタ役もはまり役で、夢中で応援していました。
記憶に新しいところでは、『ONE PIECE』のフランキー役でしょうか。
ご自身がモデルとも言われるあのフランキー役を、自身の理想とする演技との間に生じた溝を理由に、自ら降板を申し出られたと聞きました。そのプロ意識の高さには、ただただ、脱帽するばかりです。
そして今年、代々木アニメーション学院の学院長にも就任されたとの話。
地元・熊本のルフィ像でもおなじみのONE PIECE。その作品に、私と同じ誕生日の方が関わっていたというのも、なんだか勝手にご縁を感じてしまいます。
■ 親バカな、誕生日の夢
そんなことを考えていると、つい、親バカな夢が膨らみます。
ご存知の通り、わが家の娘は、漫画家を目指して日々ペンを走らせています。
もし、いつか娘の作品がアニメになる日が来たら。
もしかして——私と同じ6月17日生まれの、あの素晴らしい声優さんたちが、キャラクターの声を引き受けてくださることが、あるかもしれない。
そんな、気の早すぎる妄想まで、してしまうのです。
……と、ここまで考えて、ハタと気づきました。
娘の漫画がアニメになるより前に、まずは私が、リビングのチャンネル権すら握れていないという、厳しい現実を。
そんな私が、娘に「この声優さんを起用してみたらどう?」だなんて、声優権を行使出来るはずがありません。
夢を見るのは自由ですが、まずは娘との関係を更に良好にすることが先決のようです。
今日は、私のためというよりも、娘へのワイロの気持ちを込めて、誕生日ケーキを焼きたいと思います。




