―第0️⃣4️⃣7️⃣話― 【禁断の飲料】禁断のジュースと、わが家に来航した「黒船」——夏本番、父の悩ましい決断
私は小さい頃、清涼飲料水——いわゆる「ジュース」を、ほとんど飲んだことがありませんでした。
正確に言えば、両親が買わなかったので、飲む機会そのものがなかったのです。
唯一の例外が、オレンジジュースくらい。世界的に有名なコカ・コーラなど、私の目の前に現れたことすらありませんでした。それは祖父母の家でも同じで、記憶が確かなら、中学校に上がるまで、炭酸飲料の類はほぼ口にしたことがなかったと思います。
■ 「秘密のカーテン」の先
そんな私が、ジュースの味を覚えたのは——大人がお酒の味を覚えるのと、よく似ていました。
きっかけは、交友関係や部活動。友達と連れ立って外に出ると、みんな躊躇なくジュースを買うのです。それに見習って、私も「大人になった気分」で一本買って、一緒に飲む。
あの甘さと、爽やかさ。炭酸が体を駆け巡るあの感覚は、えも言われぬ美味しさだったと記憶しています。
もちろん、両親が飲ませなかった理由も、今なら分かります。虫歯や糖分の摂りすぎを心配して、子どもに飲ませたくなかったのでしょう。だから、両親を恨む気持ちは微塵もありません。
むしろ、あの頃のジュースには、背徳感がありました。親には知られてはいけない、「秘密のカーテン」の先を覗いたような、あの特別な感覚。それも含めて、美味しかったのだと思います。
■ 世代は巡る
時は流れ、私が子どもたちを連れて実家に帰ったときのこと。
孫たちの飲み物として、ジュースが出されました。とはいえ、どぎつい炭酸ではなく、果汁10%程度の、子ども向けのリンゴジュースです。以前、子どもたちがりんごを綺麗に平らげたのを覚えていて、「りんごが好きなら」と用意してくれたものでした。
私の子ども時代にはなかったジュースを、孫が美味しそうに飲んでいる。その光景を見て、両親も少し柔らかくなったのかな、と微笑ましく思いました。
もっとも、わが家でも普段ジュースを飲む習慣はほぼありません。記念日に、私がお酒を飲むのに合わせて子どもたちにジュースを用意するくらい。それも基本は果汁100%か、野菜と果物のジュースです。妻の健康志向も、大いに影響しています。
そんな子どもたちも、外で友達と過ごす機会が増え、すっかり外でジュースの味を覚えたようです。時々、外で捨てそびれたペットボトルを持ち帰ってきて、その包装を見ては、「この子も大人の階段を昇り始めたな」と、妻と顔を見合わせて、あえて何も言わずにいます。
■ そして、黒船来航
そんな健康志向のわが家に、とうとう「黒船」が来航しました。
ポカリスエットの粉です。
私が学生の頃、あの粉を使って「濃いめのポカリ」を作って飲む友人を、羨ましく眺めていた——あの、伝説の粉です。
健康に厳しい向きに言わせれば、糖分や成分は褒められたものではない、なんて話も聞きます。けれど、夏場の熱中症対策として、子どもがきちんと水分とミネラルを摂れるなら、目くじらを立てるのも野暮というもの。要は適材適所、過度な常飲にならないよう配慮すればいい、というのが私の考えです。
そのポカリの粉が、なんと息子の部活の活動費で支給されたというのです。
「夏の暑い時期、熱中症で倒れられては困るから」という配慮とのこと。頭が下がります。
さて。これを息子に持たせるにあたり、私は今、重大な決断を迫られています。
あの日憧れた「濃いめのポカリ」を持たせるべきか。それとも、規定通りの「普通のポカリ」を持たせるべきか。
禁断の扉を開く鍵は、私の「ひと言」が握っている。そう思うと、今夜も眠れぬ夜になりそうです。
……いや、冷静に考えましょう。
部活で汗だくになる息子に、濃いめの糖分を持たせてどうするんだ、と。これは私の少年時代の夢を息子に投影しているだけで、完全に親のエゴです。
息子には、きっちり規定通りの濃度で持たせます。私の「濃いめの夢」は、私がこっそり休日に叶えることにします。
「秘密のカーテン」の先にあったジュースの背徳感も、今となっては良い思い出。
子どもたちには、万全の飲料体制で、思いきり青春の汗を流してほしいものです。




