―第0️⃣4️⃣2️⃣話― 【父の日の悲劇】母の日に「実績」を残した子どもたち。今、父の淡い期待が試されている。
最近、街へ買い物に出かけると、やたらと目にするのが「父の日ギフト」の文字。
ネットショッピングを開いても、「父の日大特集!」なんて特設ページが嫌でも目に入ってきます。
定番のネクタイやハンカチ、お酒好き向けのおつまみセット。どれも「もらえる前提」で並んでいるのが、なんだか眩しい。
そんな賑やかな特集記事をスマホで眺めながら、ぽつんと、我が家でその時を待っている男がいます。
そう、私です。
話は、先月の「母の日」に遡ります。
今年の母の日、わが家ではちょっとした感動のイベントがありました。
なんと、高校生の息子と中学生の娘が初めて共同で、妻のためにプレゼントを買っていたのです。
二人でお金を出し合い、普段使いに良さそうな、可愛いデザインの水筒をプレゼントしていました。
それを受け取って、嬉しそうに微笑む妻。
そんな温かい家族の光景を見つめながら、私は心の中で静かにガッツポーズをしていました。
「……ということは、当然『父の日』にも期待していいわけだな?」
高いものが欲しいわけじゃありません。
なんなら、プレゼント自体はなくてもいいのです。
ただ、
「お父さん、何か欲しいものある?」
という、その一言を聞かれることに、父親としての大きな意義があるのです。
しかし。
父の日が刻一刻と近づいているというのに、今のところ子どもたちからそんな気配は一切ありません。
ふと世間のSNS界隈を覗いてみると、こんなトレンドが目に入ってきました。
「父の日に何をプレゼントしたらいいか分からない」
「お父さんに聞いても、毎回『何もいらん』って言われるから困る」
……。
贅沢言うな、羨ましすぎるわ!!!
こちとら、「何もいらん」ってカッコつけて断るための、事前のシミュレーション(セリフの練習)まで完璧に終わらせて待っているというのに、そもそも聞かれる気配すらありません。
あまりの音沙汰のなさに、だんだん寂しさを通り越して、世間のお父さんたちに激しい嫉妬を覚え始めています。
「いや、待てよ? 私の若い頃はどうだっただろう……」
気になって、自分の過去を振り返ってみました。
さすがに学生時代は十分なことはできませんでしたが、社会人になってからは毎年、実家の両親に花やお菓子を贈り続けてきました。
最近はちょっとサボりがちですが、それでも孫(子どもたち)を連れて実家に帰ったり、食事に連れて行ったりと、形を変えて親孝行をしてきたつもりです。
親の背中を見て子は育つと言います。
私は十分に、その「背中」を見せてきたはずなのです。
それなのに、なぜわが家の子どもたちからは、その遺伝子が感じられないのでしょうか。
いや、諦めるのはまだ早い。
彼らには「母の日の実績」があるのです。きっとサプライズの計画を秘密裏に進めているに違いありません。
というわけで、私は今夜も、夕食の食卓でひたすら「待ちの姿勢」を貫く予定です。
いつでもウェルカムな雰囲気を醸し出しつつ、ただ黙って、その時を待つ。
「お父さん、何か欲しいものある?」という、天使のようなセリフを夢見て。
世間のお父さん、今年の父の日は何がもらえそうですか……?




