―第0️⃣2️⃣8️⃣話― 梅雨入りなのか、そして六月という月について。
そろそろ梅雨入りの時期らしい。
連日、夕方の天気予報で気象予報士が、梅雨入りがいつになるかを声高に語っている。それを横目に見ながら、ぼんやりと思う。
梅雨入りって、六月じゃなかったっけ、と。
幼い頃の記憶では、確かそうだった気がする。ところが最近は、五月だというのに連日三〇度を超える日が続いている。梅雨が来る前に夏が来るんじゃないか、とすら思ってしまう。
そこへ梅雨のジメッとした空気が重なれば、不快指数はMAXだ。五月病をどうにか乗り越えた私に、新たに「仕事に行きたくない病」が発症しそうで、今から気が重い。
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私の誕生月は、六月である。
大人になった今では憂鬱な印象が先に立つが、子供の頃は六月が一番好きな月だった。
理由はシンプルで、祝日が一日もないくせに、自分の誕生日があるからだ。プレゼントが貰える。ご馳走が食べられる。何もない月が、自分だけの特別な月に変わる。実家で過ごしていた頃、私はひそかに誇らしく思っていた。
この何もない月をご馳走の月に変えているのは、この私だ、と。
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ところがである。
大人になると、六月への思いは少しずつ変わっていった。理由は、二つある。
ひとつ目は、娘の誕生日だ。娘の誕生日は六月の上旬。私の誕生日は六月中旬以降。つまり、まず娘の誕生日で家族が大きく盛り上がり、私の誕生日が来る頃にはすっかり祭りの後、という構図になってしまっている。
ふたつ目は、父の日だ。
時として、私の誕生日と父の日が重なることがある。実際、私が生まれたうん十年前も、父の日に誕生している。するとどうなるか。家族が全員、誕生日と父の日をひとまとめにして祝ってくるのだ。
これはよく聞く「クリスマス生まれ」や「元旦生まれ」と同じ状況である。記念日が合体し、お祝いが一回に圧縮される、あの悲しい現象だ。
そして何より——
外に食べに行けば、財布は私から出る。自宅で祝えば、料理を作るのも私、ケーキを焼くのも私だ。
実家にいた頃の「私のお陰でご馳走が食べられるだろ、みんな」が、いつの間にか「私の誕生日ですので、皆さんどうぞご馳走を食べてください」に変わっていた。
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梅雨入りの憂鬱なニュースを眺めながら、まだ誕生日も来ていないのにそんなことを考えていると、妻が言ってきた。
「今年は、娘の誕生日と一緒に、あなたの誕生日も祝うわよ。」
とうとう、私の記念日そのものが、娘の記念日に吸収合併されていくようである。
……まあ、宣言してくれるだけ、マシなのかもしれない。
せめて、美味しいレストランだけは自分で選ばせてもらおう。それが今の私に残された、唯一の権利かもしれないから。




