―第1️⃣0️⃣5️⃣話― 【夏休みクッキング】息子と、料理を——教えたのは、段取り。
夏休みが始まって、二週間。まったく宿題に手をつけられなかった息子。
焦りに焦っている……はずです。いや、焦っていてくれないと、困るのです。
そう思って、フラリと、息子の部屋の前を通ります。聞こえてくるのは、カリカリと、鉛筆がノートを削る音——ではありません。
「ふふふ〜ん♪」
鼻歌まじりに、何やら、ポチポチとキーボードを打つ音。
通常モード。今日も息子は、余裕のよっちゃんで、突き進んでいます。
■ 逃げ場のない、課題
私の手元にも、息子の学校から、「夏休みの課題」が届いています。
今どきの高校は、便利なものです。学校と親をつなぐのは、もう、プリントではありません。専用のアプリがあって、そこに、日常の連絡や、学校からのお知らせが、発信される。
昔なら、配られたプリントを親に渡さないことで、連絡漏れが生じる——なんてことも、ありました。今は、その手は、使えません。
だからこそ、です。あの量が、あと三週間ほどで、本当に終わるのかどうか。
とはいえ、あまりガミガミ言うのも、頂けない。そうも、思います。ですから、夕食のときに「最終日に慌てないよう、ちゃんと計画を立ててやれよ」。その一言だけを、たまに、落とすことにしています。
■ 課題は、調理
そんな息子が、神妙な顔で、私のところへ、やってきました。
「実は……夏休みの課題を一つ、手伝ってもらいたいんだけど」
いいでしょう。私も、ちょうど、心配していたところです。
その課題とは——調理。家庭科の宿題として、料理を作る、というものらしい。内容は、「ミートソーススパゲティ」「野菜サラダ」「コンソメスープ」。
任せなさい。目隠しでも作れる料理たちです。(いや、それは無理ですが)。父が、手伝ってあげましょう。早速、必要な材料を、買ってきました。
課題とはいえ、どうせなら、できるだけ美味しいものにしたい。材料選びから、しっかりやります。
ミートソースのひき肉は、国産牛と国産豚の、いいもの。
もちろん、野菜も、選りすぐり。
サラダのドレッシングも、手作りです。
指定がフレンチドレッシングなので、エクストラヴァージンオリーブオイルに、ワインビネガー、まろやかな岩塩と、ちゃんと揃えました。
■ 教えたのは、段取り
いよいよ、調理です。息子に、説明していきます。
「料理はな。まず、段取りが一番大事なんだ」
「段取り?」
「今回作る中で、何から作っていったらいいと思う?」
「え? レシピには、まずパスタを茹でるってあるから……パスタから?」
息子の手元にある、学校配布の簡単なレシピには、まず麺を茹で、ミートソースを作り、茹で上がりに和える、と書いてあります。
「じゃあ聞くけど。パスタは、湯を沸かすところから、だいたい二十分で茹で上がる。お前、ミートソースを、二十分で作り終えられるか?」
「あ!」
「それに、サラダは、火を使わない生野菜だろ。だったら、包丁もまな板もきれいなうちに、先に切っておいたほうが、よくないか?」
「あ!!」
そんな具合に。ただ順番どおりに作るのではなく、何を先にやれば、どうなるか。そこまで想像しながら作る。その考え方ごと、教えていきました。
調理そのものは、息子が中心。私は、切り方の見本を見せたり、コツを伝えたり。それだけです。
予定時間を、三十分ほどオーバーして。それでも、見事に、作り終えました。私が手伝ったことを差し引いても、ちゃんとした、料理になっています。息子の成長に、私も、ほっこりと、心が温かくなりました。
■ 「普通に、美味しい」
早速、家族で、実食です。
「召し上がれ」
息子が、堂々と、家族にお披露目します。
しかし——無言。
あれ。味が、悪かったか。おかしいな、そんなはずは、ないのだが。
「え、美味しくなかった?」
私は、思わず、聞いてしまいます。
「いや、美味しいよ」
「普通に、美味しい」
「そ……そう。普通に」
妻と妹、辛辣です。いえ、私も食べました。美味しいです、普通に。ちゃんと食べられます、普通に。
……思うに。これは一つ、妻たちの嫉妬も、あるのではないか。そう疑いたくなるくらい、息子の料理は、普通に、美味しかったのです。
息子は終始、満足げな笑みを浮かべていました。素直に、褒めてやってほしいものです。
そして、食べ終わり。妻が、一言。
「うん。この料理と同じくらいの段取りで、ほかの宿題も、片付けな」
……。
出た。私が厨房で、あれだけ丁寧に教えた「段取り」を。最後の最後に、妻が、まるごと、かっさらっていきました。しかも、ぐうの音も出ない、正論で。
もっとも、息子は、どこ吹く風。満足げな笑みは、崩れません。
なにせ、大物ですからね。ちょっとやそっとでは、揺るぎません。




