開放
柊は、ある週末の夕方、部屋の片付けを始めた。
部屋の棚に埃をかぶったまま置いてあったものに、ようやく手を伸ばす日が来た。
まず、海月先輩からもらったシャンパンの小瓶。
3年前の誕生日、「20歳の記念に♡」と言って渡されたもの。
中身はもう無い。
空のボトルは、ずっと棚の奥に飾られていた。
埃が積もり、ラベルが少し色褪せている。
柊はボトルを手に取り、じっと見つめた。
あの頃は、このボトルを見るたび、海月先輩の笑顔が浮かんで胸が締めつけられた。
「先輩はもういない」という現実を認めたくなくて、ただの空き瓶でも海月先輩から貰ったものだからと、捨てられなかった。
でも今は、違う。
「…もう、大丈夫だ」
柊は小さく呟いて、キッチンのゴミ箱へ。
ボトルをそっと置く。
ガラスがカチンと軽い音を立てた。
一瞬、胸がチクッとしたけど、すぐに消えた。
執着の最後の欠片が、ここで捨てられた気がした。
次に、左手首の腕時計。
4年前に海月先輩がくれたもの。
毎日ずっとつけていた。
針が動くたび、先輩の「これからも一緒にバレー頑張ろうね」という言葉が蘇っていた。
でも、今は違う。
柊はゆっくりと時計を外した。
腕に残る跡が、少し赤くなっている。
時計を手に持って、もう一度見つめる。
「ありがとう、先輩」
と心の中で呟いて、机の引き出しから小さな箱を取り出した。
元々時計が入っていた箱。
丁寧に折り畳まれた説明書と一緒に、
時計を戻す。
蓋を閉めて、引き出しの奥にしまった。
もう、つけない。
でも、捨てない。
ただ、「過去のもの」として、大切に保管する。
それでいい。
部屋が少し静かになった。
埃っぽい空気が、少しだけ軽くなった気がした。
柊はベッドに座って、深く息を吐いた。
左手首が、少し寂しい。
でも心はほんの少し、自由になった。
理央に報告しようかと思ったけど、今はまだ1人でこの瞬間を噛み締めていたかった。
シャンパンのボトルは捨てた。
腕時計は箱にしまった。
海月先輩への執着は、ようやく、静かに終わった。
これで本当に、前に進める。




