海月
柊はベッドに座ったまま、スマホのLINE友達欄を何度もスクロールしていた。
深夜の寮の部屋は静かで、外から聞こえる遠くの車の音だけが、心のざわつきを増幅させる。
理央のアイコンが目に留まるたび、胸が締めつけられる。
「今日も会いたい」
「今すぐ話したい」
「理央の声が聞きたい」
そんな衝動が、抑えきれない。
でも、「好きだ」と言ったら、すべてが壊れるかもしれない。
理央を失う恐怖が、言葉を飲み込んでしまう。
視線が下に滑ったとき、
ふと、「海月」の名前が目に入った。
数年ぶりに見るアイコン。
大学院修了の頃に最後にやり取りしたまま、
そのまま放置されていたトークルーム。
柊の指が、勝手にタップした。
海月先輩なら……女子バレー部で一緒だったし、理央の性格も人柄も、よく知っている。
かつての片思い相手に、今の片思いを相談するなんて、変だ。
おかしい。
でも、他に頼れそうな相手が、今、思いつかなかった。
血迷ったように、柊はメッセージを打った。
柊
『お久しぶりです。
突然連絡してすみません……
少し相談したいことがあって……
今、話せますか?』
送信した瞬間、後悔と緊張で息が詰まった。
既読がつくのを待つ。
1分、5分、10分。
もう来ないかもしれない。
そう思った矢先、既読がついた。
そして、返信。
海月
『柊くん! 久しぶり〜!!
びっくりした! 元気だった?
どうしたの? なんか深刻そうだけど……』
柊は深呼吸して、少しずつ打ち始めた。
最初は当たり障りのない話。
社会人になってからの近況。
バレーを続けていること。
しばらくやり取りをしていると、理央の名前を出す前に、海月の方から聞いてくれた。
海月
『そういえば、新しい出会いとかはあった?
そろそろ私以外の人は見つけられた?笑』
その言葉が、好都合だった。
恥ずかしかったけど、これで切り出せた。
柊
『……実は、
今、すごく好きになってしまった人がいるんです。
でも、俺、また同じこと繰り返してるみたいで……
相談に乗ってもらえませんか?』
海月
『え、誰!? 気になる〜♡
詳しく聞かせて!どんな子? 職場の人?』
柊
『理央です。大学1年の頃から、俺の海月さんへの気持ちを知ってて、ずっと相談に乗ってくれてたんです。
ヤケ酒に付き合ってくれたり、一緒に旅行行ったり、泊めてくれたり……
俺が壊れそうになると、いつもそばにいてくれて……
社会人になってからも頻繁に会うようになって、
理央の部屋に泊まるのも普通になって……
気づいたら、理央のこと、好きになってました』
海月
『え、理央!?めっちゃいい子じゃん♡
泊まるなんて結構踏み込んでると思うけど……理央に気持ち伝えたの?』
柊
『……伝えてないです。怖くて。
理央は、俺のこと「友達」として見てくれてる。
泊めてくれるのも、ハグしてくれるのも、
異性として警戒してないからだと思うんです。
もし告白して、
「ごめん、友達としてしか見れない」って言われたら……
失ったら、俺、また何もなくなっちゃう……
海月
『……柊くん、好きになりすぎちゃうタイプなんだね』
柊
『……はい。俺、好きになると、嫉妬とか独占欲が強くなりすぎて、相手が他の人と話してるだけで苦しくて、でも自信なくて告白できなくて、いつも後悔して……
この性質、どうしたら直るんですか?
普通に恋したいのに、俺、いつもこうなんです……』
海月からの返信は、少し遅れてきた。
海月
『……柊くん、私、気づいてなかったよ。
柊くんがそんなに苦しんでたなんて……
ごめんね。私のせいで、柊くんをそんなに傷つけてたんだね』
柊
『先輩のせいじゃないです。
俺が勝手に、好きになってただけだから……』
海月
『でも、柊くんは、ほんとに真っ直ぐなんだよ。
そんなに全力で好きになれるの、すごいことだと思う。
ただ、その全力が自分を傷つけてるなら、少しずつ、「好き」って気持ちを、軽く持てるようにするといいかも』
柊
『……どうすれば?』
海月
『私も、恋愛で失敗したことあるよ。
だから、わかる。でも、「相手がいないとダメ」って思ってるうちは、苦しいままなんだよね。
少しずつ、「相手がいると嬉しい」「でも、いなくても大丈夫」って思えるようになる。
それが、普通の恋に近づく第一歩じゃないかな。
柊
『……難しいです。理央のこと、今、失うのが怖すぎて……告白できないんです』
海月
『うん、わかる。怖いよね。でも、柊くんは、理央にちゃんと支えられてきたんだよ。
理央は、柊くんの気持ちを知っても、離れないと思う。
2人がどんな関係かは分からないけど、聞いてる限りだとすごく良い感じだし、柊くんのこと、ほんとに大事にしてくれてると思うから』
柊
『……そう、ですか?』
海月
『うん。私、部活でも理央は見てたけど、
柊くんに接するときの理央、ほんとに優しかったもん。
だから、勇気出して、お酒の力とかも借りて伝えてみたら?
拒絶されたとしても、理央は、きっと友達としてそばにいてくれるよ。
私みたいに、「ありがとう、ごめんね」で終わらせないと思う』
柊はスマホを握りしめた。涙がにじむ。
柊
『……ありがとうございます、先輩』
海月
『うん、頑張ってね♡
柊くんは、絶対幸せになれるよ。私、応援してるから!』
会話が終わった後、柊はベッドに倒れ込んだ。
海月先輩の言葉が、胸に染みる。
理央に、「好きだ」って、言える日が、来るかもしれない。
でも、まだ怖い。
まだ、言えない。
柊は、理央のアイコンを見つめながら、静かに息を吐いた。
この想いは、いつか、言葉になるのか。
それとも、また「言えなかった」後悔になるのか。




