苦悩
柊はまた、告白できずにいた。
気づいたときには、もう遅かった。
理央の存在が、心の中心にあまりにも深く根を張ってしまっていた。
理央の笑い声が聞こえるだけで胸が温かくなる。
理央の「大丈夫?」という一言で、世界が少しだけ優しくなる。
理央の部屋で肩を寄せ合って過ごしているとき、
「この時間がずっと続けばいいのに」と本気で思う。
理央の肩に頭を預けられたときの安心感。
理央が「充電できた?」と笑って頭を撫でてくれたときの温もり。
全部が、海月先輩の記憶を、瑶季の記憶を、静かに上書きしていった。
でも、それが怖かった。
好きになりすぎてしまった。
また、同じことを繰り返している。
理央は、「良い友人」として、無警戒に泊めてくれる。
ハグしても、バックハグしても、
「柊くんならいっか」と受け入れてくれる。
それは、理央が柊を「異性として」見ていない証拠だ。
気づいていたら、こんなに無警戒で泊めさせてくれない。
ハグしても冷静でいられるのは、俺を「ただの友達」としてしか見ていないから。
異性として、全く意識していないから。だからこそ、理央の部屋で一緒に過ごせた。
恋愛対象として警戒していないからこそ、こんなに近くにいても平気なんだ。
それが、嬉しいのに、苦しい。
俺の想いが、一方通行だってわかってるから。
もしここで告白して、
「ごめん、友達としてしか見れない」
と言われたら——
今度こそ、耐えられない。
今度こそ、地獄のような喪失感と絶望に叩き落とされる。
理央を失う恐怖が、告白の言葉を飲み込んでしまう。
「好きです」と言ったら、あの笑顔が、あの温もりは、
「友達」としてさえ残らないかもしれない。
理央という最後の「安全地帯」を、自分で壊してしまうかもしれない。
それが、怖すぎて、何も言えない。
また、俺の片思いなのか……
また、絶対的な一方通行なのか……
また、好きになりすぎて苦しむのか……
夜、自室のベッドで天井を見つめながら、柊は1人で苦悩していた。
左手首の腕時計は、もうほとんど外さない。
海月先輩のプレゼント。
でも、今は理央の笑顔が、その針の動きに重なって見える。
シャンパンの空瓶は、まだ棚に置いてある。
でも、今は理央の部屋で飲んだビールの缶の方が、鮮明に思い出される。
「俺、どうしたらいいんだ……」
理央に会うたび、「好きだ」と言いそうになる。
でも、言えない。
言ったら、終わりだ。
理央の隣にいられるこの時間が、終わってしまう。
だから、黙って、理央の隣にいる。
理央の笑顔を見ながら、「友達」として笑う。
でも、心の中では、「理央が俺を見てくれない」
という絶望が、静かに広がっていく。
社会人1年目。
仕事は忙しく、残業とプレッシャーで体は疲れる。
でも、一番疲れるのは、理央への想いを押し殺すことだった。
理央に会うたび、幸せで、苦しくて、怖くて、たまらない。
この苦しみは、いつまで続くのか。
理央に気づかれる前に、告白する勇気が出るのか。
それとも、また「言えなかった」後悔を抱えて生きていくのか。
柊は、理央の隣で笑いながら、1人で苦悩し続けていた。




